「津野修」の版間の差分

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[[大蔵省]]においては[[主計局]]、[[主税局]]、[[関税局]]、[[理財局]]などに在籍したが<ref name="profile"/>、主に財政畑を歩んだ<ref name="profile"/>。なお、[[1971年]]から[[1974年]]にかけては、[[日本貿易振興会]]に出向しフランクフルト事務所の駐在員を務めた<ref name="profile"/>。[[1978年]][[7月]]には、[[内閣法制局]]に出向し[[参事官|参事官(第三部)]]に就任している<ref name="keireki"/>。のちに大蔵省に戻ると、[[1983年]][[7月]]より[[主税局]]の税制第三課にて[[課長]]を務めた<ref name="keireki"/>。その後、再び内閣法制局に出向することとなり、[[1986年]][[2月]]に[[主幹|総務主幹]]に就任し<ref name="keireki"/>、同年[[7月]]には第三部の[[部長]]に就任した<ref name="keireki"/>。[[1992年]][[12月]]、第一部の部長に就任した<ref name="keireki"/>。[[1996年]][[1月]]、[[内閣法制次長]]に就任した<ref name="keireki"/>。[[1999年]][[8月]]、[[大森政輔]]の退任に伴い、[[小渕第1次改造内閣]]にて[[内閣法制局長官]]に就任した<ref name="obuchi"/>。以来、[[第1次小泉内閣]]に至るまで内閣法制局長官を務めた<ref name="koizumi"/>。
 
=== 退官後弁護士・最高裁判事 ===
退職後は[[弁護士]]登録し、[[第一東京弁護士会]]に所属した<ref name="hanji"/>。しかし、[[第2次小泉内閣]]によって[[最高裁判所裁判官|最高裁判所判事]]に任命されることになり、[[2004年]][[2月26日]]から[[2008年]][[10月19日]]まで判事を務めた<ref name="hanji"/>。