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デイヴィスは本作を伝統的な[[パニック映画]]のフォーマットに基づかせた。彼は1972年の映画『[[ポセイドン・アドベンチャー]]』に大きく影響され、予算の問題で実現はしなかったものの、宇宙船の上下を逆転させる演出も考えていた<ref name="companion" />。さらに登場人物のフーン・ヴァン・ホッフ({{仮リンク|デビー・チェイゼン|en|Debbie Chazen}})は大きくベル・ローゼン([[シェリー・ウィンタース]])を下敷きにしている。デイヴィスは敵の要件に関する『ドクター・フー』のフォーマットから脱却もしており、今回のマックス・カプリコーンは保険金詐欺を目的に船の航行を妨害していた<ref name="confidential" />。デイヴィスは[[カンザス州]]の描写を1939年の映画『[[オズの魔法使]]』に基づいてスト (Sto) の類似物とした<ref name="votdpod" />。
 
本作には番組の作中世界の外への言及も複数ある。本作は番組が44周年を迎える前日にあたる2007年11月22日に死去した『ドクター・フー』の創立プロデューサーである{{仮リンク|バーティ・ランバート|en|Verity Lambert}}に捧げられており<ref name="DWFactFile" />、マックスという言葉に誤作動を起こして詰まるホストは1980年代のバーチャルプレゼンター{{仮リンク|マックス・ヘッドルーム|en|Max Headroom (character)|FIXME=1}}を参照したもので<ref name="DWFactFile">{{cite web|url=https://www.bbc.co.uk/doctorwho/episodes/2007/facts/fact_votd.shtml|title=Doctor Who - Fact File - Voyage of the Damned|publisher=BBC|date=2007-12-25|accessdate=2007-12-26}}</ref>、デイヴィスは『ドクター・フー』の他のエピソードへの言及も台本に挿入した。異星人に対する意識が高まっている社会の様子や、毎年クリスマスに襲撃されるロンドンの伝統を強調し、後者についてはちょっとしたジョークになったと語った<ref name="confidential"/>。本作でドクターがキャッチフレーズの「アロンジー、アロンゾ」("''allons-y'' Alonso") と発言して船のフレームを安定させると、「[[にぎやかな死体]]」に端を発するジョークが続いた<ref name="companion"/><ref>{{cite episode | title = [[嵐の到来]] | series = [[ドクター・フー]] | series-no = 2 | number = 12 | credits = [[ラッセル・T・デイヴィス]](脚本)、{{仮リンク|グレアム・ハーパー|en|Graeme Harper}}(監督)、{{仮リンク|フィル・コリンソン|en|Phil Collinson}}(プロデューサー)| network = [[BBC]] | station = [[BBC One]] | airdate = 1 July 2006}}</ref>。また、ホストは天使のテーマモチーフを継承している。天使は以前に「[[まばたきするな]]」の[[嘆きの天使 (ドクター・フー)|嘆きの天使]]や、「[[鳴り響くドラム]]」と「[[ラスト・オブ・タイムロード]]」で[[マスター (ドクター・フー)|マスター]]が使用したアークエンジェルネットワークとして登場していた<ref name="DWFactFile"/>。デイヴィスは[[スティーヴン・モファット]]による「まばたきするな」の脚本を読んだ際にアイディアの重複にがっかりしたが、ホストはロボットの執事という設定であるため嘆きの天使とは働きが異なる<ref name="votdpod"/>。
 
=== 撮影 ===
|website=BBC.co.uk|host=Russell T Davies, Julie Gardner|date=2007-12-25|accessdate=2008-01-25}}</ref>。7月12日に[[デイヴィッド・テナント]]の母ヘレン・マクドナルドが癌に苦しみ始めたため、テナントが彼女の死や葬儀に立ち会えるよう撮影スケジュールは変更を受けた。彼女は7月15日に死去し、7月21日に埋葬された<ref name="companion" /><ref>{{cite news|url=http://icrenfrewshire.icnetwork.co.uk/pde/news/tm_method=full%26objectid=19486037%26siteid=63858-name_page.html|title=Tributes pour in for Helen|date=2007-07-20|accessdate=2007-07-21|newspaper=Paisley Daily Express}}</ref><ref>{{cite news|url=http://www.syfyportal.com/news423922.html|title='Doctor Who' Filming Delayed This Weekend|first=Michael|last=Hinman|date=2007-07-20|accessdate=2007-07-21|publisher=SyFy Portal |archiveurl = https://web.archive.org/web/20070926224912/http://www.syfyportal.com/news423922.html |archivedate = 26 September 2007}}</ref>。テナントが不在の間に、タイタニック号の受付エリアのシーンが{{仮リンク|カーディフ湾|en|Cardiff Bay}}の{{仮リンク|コール・エクスチェンジ|en|Coal Exchange}}と[[スウォンジー]]のエクスチェンジで撮影された<ref>{{cite web|url= http://www.bbc.co.uk/wales/arts/sites/doctor-who-wales/alllocations/cardiff-coal-exchange-mount-stuart-square|title= Walesarts, Coal Exchange and Mount Stuart Square, Cardiff Bay|publisher = BBC |author = |date = |accessdate = 2010-05-30}}</ref>。受付でのテナントのシーンは7月16日と17日に撮影された<ref name="companion" />。コール・エクスチェンジでのロケは7月18日に終了し、隕石とタイタニック号の衝突シーンがその日に撮影された<ref name="companion"/>。
 
撮影の日程の内1週間は主に吹き抜けと廊下や Deck 31(カプリコーンの避難所かつ司令センター。古い押し出し機械の大部分があり、"Thorn Drive"のパネルに対応する)のセットがある{{仮リンク|ポンティプール|en~|Pontypool}}の DuPont サイトで行われた。Deck 31 のシーンは7月19日と20日に撮影され、ミノーグが免許を持っていなかったため[[ボディ・ダブル]]であるダニエル・デ・コスタがフォークリフトを運転した<ref name="companion"/>。テナントの不在のため撮影はずれ込み、7月21日にゲストキャラクター、7月23日にテナントに焦点が当てられた。隕石衝突の余波は7月25日から27日に撮影された<ref name="companion"/>。
 
撮影はスウォンジーのエクスチェンジに戻り、2つのシーンが撮影された。7月28日はエピソードの終局が、7月20日にはオープニング前のシーンが撮影された。撮影の最も重要な日は7月31日で、一行が[[ロンドン]]に到着するシーンが夜に撮影された。アストリッドの死のシーンを[[クロマキー]]のマットレスで隠した状態で、カーディフ市内の日没のタイミングでロンドンのシーンの撮影は始まった<ref name="companion"/>。安全上の懸念、特にミノーグの保護の観点から、2005年に新シリーズが始まって以来初となる道路の封鎖が行われた<ref name="companion" /><ref name="confidential"/>。