「マラス (ギャング)」の版間の差分

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マラスの活動は、[[武器密売]]、暴行、自動車盗難、強盗、麻薬密売、恐喝、[[人身売買]]、個人情報の盗み、個人情報の盗難、[[違法賭博]]、[[不法移民]]、誘拐、マネーロンダリング、密輸人、[[売春]]、恐喝、強盗や破壊行為にまで広がっている。ほとんどすべてのマラメンバーは入れ墨をしている。入れ墨には、"La vida por las maras"または "ギャングの人生"という言葉がよく彫られている。これらのギャングたちが、好んで使う台詞である。
==歴史==
1958年、[[ロサンゼルス]]中部[[ピコ・ユニオン]]地区の[[チカーノ]]系[[ギャング]]組織クラントン・14(Clanton 14)の支部'''クラントン・18'''('''Clanton 18''')が結成される。チカーノ以外の加入を良しとしないクラントン・14に対してクラントン・18は1965年に独立し新米メキシコ人やエルサルバドル、ホンジュラスなどからの移民も受け入れ勢力を大きく拡大した。これがのちの二大マラスのひとつ「ディエシオチョ」(Dieciocho)、'''[[エイティーンス・ストリート・ギャング]]'''('''18th Street Gang''')となった。
 
18の誕生から数年後、1970年代にピコ・ユニオン地区に移住してきたエルサルバドル系の若者たちが'''マラ・サルバトルチャ・ストーナーズ'''('''Mara Salvatrucha Stoners''')というギャングを組織する。彼等は当初[[ヘヴィーメタル]]を好む軟派な不良少年達に過ぎなかった。しかし、[[メキシコ系アメリカ人]]が大半を占めるロサンゼルスのヒスパニック事情において新参者の彼等は主にチカーノ・ギャングから攻撃を受けるようになると、自分達の縄張りを守るために本格的にギャングへと変化していった。やがてそこに1980年代に激化し、1992年まで続いたエルサルバドルの内戦を逃れてきた若者たちが合流し勢力を拡大、他のギャング組織との抗争を経て[[南カリフォルニア]]のヒスパニック・ギャングの連合体「[[スレーニョス]]」(Sureños)へと加入、二大マラスのひとつである現在の'''[[マラ・サルバトルチャ]]'''('''Mara Salvatrucha''')、通称'''MS-13'''へとなった。「'''13'''」を組織名に冠する事はスレーニョスに所属する組織の証であり、スレーニョスを総括するプリズン・ギャング「[[メキシカン・マフィア]]」(Mexican Mafia、あるいはLa Eme)への忠誠を意味する。かつては友好な関係にあったとされるが、現在18とMSは対立関係にある。
 
90年代にウィルソン知事が犯罪歴のあるホンジュラスの若者たちを強制的に母国に送り返すことを始め、それによりカリフォルニアで始まったギャングの流れが母国に流入。強制送還者により持ち込まれたロサンゼルスの[[ギャングスタ]]・スタイルが洗練されたかっこいいものとして主に年少の者達に受け入れられ、そこから母国のマラスに広まっていき、1990年代からは中南米一帯に広まって存在感を高めてきた<ref>工藤律子 p.32-35</ref>。現在ではエルサルバドルに1万人、ホンジュラスに4万人ものギャングメンバーが存在すると言われている。