「山谷初男」の版間の差分

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'''山谷 初男'''(やまや はつお、[[1933年]][[12月19日]]<ref name="M93-3529">{{日本タレント名鑑|M93-3529|title=山谷初男}}</ref> - [[2019年]][[10月31日]])は、[[日本]]の[[俳優]]。本名:'''山谷 八男'''<ref name="profile1">{{Cite book|和書|year=1981|title=[[日本タレント名鑑]]'82|page=218|publisher=VIPタイムズ社}}</ref>。旧[[芸名]]は'''山谷 初夫'''。[[舞プロモーション]]に所属<ref name="profile1"/>。[[秋田県]]<ref name="profile1"/><ref name="M93-3529"/>[[仙北郡]][[角館町]](現[[仙北市]])出身。秋田県立角館北高等学校(現:[[秋田県立角館高等学校]])卒業<ref name="profile1"/>。役者仲間からは「'''はっぽん'''」の愛称で親しまれた
 
== 人物・来歴 ==
[[秋田県]]<ref name="profile1"/><ref name="M93-3529"/>[[仙北郡]][[角館町]](現[[仙北市]])出身。秋田県立角館北高等学校(現:[[秋田県立角館高等学校]])卒業<ref name="profile1"/>。
高校卒業後に画家を目指して上京。
 
[[1953年]]、劇団東芸での『ホタルの歌』の三吉役で初舞台を踏む。
== 来歴 ==
 
[[1953年]]に劇団東芸で『ホタルの歌』三吉役で初舞台を踏み、[[1964年]]に『ケチまるだし』森本健二役で映画デビュー。以後数々のドラマ・映画・舞台に脇役として出演した。特に若い頃は、[[寺山修司]]主宰の[[天井桟敷]]に参加して怪演する一方、[[時代劇]]で凄みのある[[悪役]]を演じたり、[[日活ロマンポルノ]]などにも多数出演していた。
[[1964年]]に『ケチまるだし』の森本健二役で映画デビュー。
 
若い頃は[[寺山修司]]主宰の[[天井桟敷]]に参加。[[時代劇]]での凄みのある[[悪役]]をこなす一方、素朴な役柄もこなしていた。[[日活ロマンポルノ]]にも多数出演していた。
 
2019年10月31日、[[間質性肺炎]]のため、[[秋田市]]の病院で死去<ref>{{Cite news|title=俳優・山谷初男さん死去 「やすらぎの郷」などに出演|url=https://www.asahi.com/articles/ASMC33K7LMC3UBUB003.html|newspaper=朝日新聞|date=2019-11-3|accessdate=2019-11-3}}</ref><ref>[https://www.sakigake.jp/news/article/20191103AK0001/ 個性派俳優、山谷初男さん死去 85歳、仙北市角館町出身] - 秋田魁新報電子版 2019年11月3日</ref>。85歳だった。
 
*生家はJR[[角館駅]]前の「やまや旅館」である(「食堂やまや」も経営)。
== 人物 ==
 
*生家はJR[[角館駅]]前の「やまや旅館」(「食堂やまや」も経営)。
*秋田県出身とのこと[[秋田弁]]を自在に使いこなせるため、[[東北方言|東北弁]]の役柄が多く、人柄の良い中年や老人の役で素朴な味わいを出しているかった
 
*[[1994年]]4月角館町に小劇場「はっぽん館」を建設。演劇、芸能全般、交流の館として地域に開放している。因みに(由来っぽんとは、[[新宿ゴールデン街]]で飲んでいた[[崔洋一]]らから呼ばれていた愛称だと、「[[昭和は輝いていた]]で語られた
*特技は[[東北方言|東北弁]]<ref name="profile1"/><ref name="M93-3529"/>、[[手芸]]<ref name="M93-3529"/>。特に[[編み物]]に関しては、自分で着るベストなどを編んでいることを[[関根勤]]に賞賛されたことがある。
 
*特技は[[東北方言|東北弁]]<ref name="profile1"/><ref name="M93-3529"/>、[[手芸]]<ref name="M93-3529"/>。特に[[編み物]]に関しては、自分で着るベストなどを編んでいることを[[関根勤]]や[[黒柳徹子]]から賞賛されたことがある
 
== 出演 ==
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