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{{存命人物の出典明記|date=2012年9月4日 (火) 08:30 (UTC)}}
'''徳光 正行'''(とくみつ まさゆき、[[1971年]][[12月12日]] - )は、[[日本]]の[[ニュースキャスター|キャスター]]、[[タレント]]。本名:徳光 正和(とくみつ まさかず)。血液型はO型。所属事務所は[[佐藤企画]]。
 
祖父は映画監督の[[徳光寿雄]]。父は[[フリーアナウンサー]]の[[徳光和夫]]。元妻はフリーアナウンサーの[[田野辺実鈴]]。[[ミッツ・マングローブ]](女装家)とは従弟にあたる。家族は、[[サントリー]]に勤務している兄と、妹の3人兄妹の次男。フリーアナウンサーの[[田野辺実鈴]]は元妻
 
[[ミッツ・マングローブ]]とは従弟にあたる。
 
== 人物 ==
[[神奈川県]][[茅ヶ崎市]]出身。中学卒業後プロレスラーを志したが、父の和夫に反対され断念。[[相洋高等学校]]卒業後、3浪の末に[[日本大学]][[芸術学部]]音楽学科情報音楽コースに進学し、1留して卒業。
 
大学卒業後は就職せず、ロック・コに[[ックソュージシャグ歌手]]を目指していたが[[2001年]]に父が入院したことにより自立を決意、タレントとしてデビューした。
 
の影響により、大の[[読売ジャイアンツ|巨人]]・[[プロレス]]ファンである。[[三沢光晴]]との交流は1992年から三沢(2009去する2009まで17年続いた<ref name="cyzo20100912">{{Cite journal | author = 平野遼 | url = http://www.cyzo.com/mixifeed/2010/09/post_1187.html | title = 落涙必至──徳光正行が語る、故・三沢光晴の知られざる素顔『伝説になった男』 | journal = [[サイゾー]] | date = 2010-09-12 | accessdate = 2012-11-20 }}</ref>。三沢のお別れの会では父の和夫が弔辞を読み、2010年には、三沢とのエピソードを綴った『伝説になった男 - 三沢光晴という人 - 』を出版した<ref name="cyzo20100912"/>。
父・和夫との共演が多く、東京MXテレビ以外の地上波メディアでの出演の多くが父との共演である。
 
[[2010年]][[6月17日]]発売の[[週刊新潮]]にて、同月20日に[[田野辺実鈴]](当時[[東京メトロポリタンテレビジョン|TOKYO 東京MXテレビ]]編成局報道制作部[[アナウンサー]]の田野辺実鈴と結婚するという報道があり、それを受けて正行自身が6月17日放送の『ザ・ゴールデンアワー』のエンディングにて田野辺との結婚を正式に発表した。2010年11月7日に[[ザ・キャピトルホテル 東急]]で挙式披露宴を行った。田野辺とは2015年に離婚している。
父親の影響により、大の[[読売ジャイアンツ|巨人]]・[[プロレス]]ファンである。[[三沢光晴]]との交流は1992年から三沢の死(2009年)まで17年続いた<ref name="cyzo20100912">{{Cite journal | author = 平野遼 | url = http://www.cyzo.com/mixifeed/2010/09/post_1187.html | title = 落涙必至──徳光正行が語る、故・三沢光晴の知られざる素顔『伝説になった男』 | journal = [[サイゾー]] | date = 2010-09-12 | accessdate = 2012-11-20 }}</ref>。2010年には、三沢とのエピソードを綴った『伝説になった男 - 三沢光晴という人 - 』を出版した<ref name="cyzo20100912"/>。
 
[[2013年]][[5月28日]]、[[西口プロレス]]に[[ミル・マスカラス]]を模したマスクマンミル・マサカラスとして登場。試合中マスクを剥がされ正体が明らかになり、会場にゲストで来ていた父・徳光和夫の前でファイトをした。お笑いプロレスごっことは言え、中学生の頃の夢だったプロレスデビューをかなえる事となった。以来、月一度の西口プロレス本興行にマサカラスとして定期的に参戦している。
芸能界屈指の[[熟女]]好きで[[山本陽子]]の大ファンであると公言している。雑誌『[[サイゾー]]』において同じく熟女マニアの[[ウド鈴木]]と対談し、[[乳首]]の疲れ具合に哀愁を感じると告白している。
 
[[2010年]][[6月17日]]発売の[[週刊新潮]]にて、同月20日に[[田野辺実鈴]](当時[[東京メトロポリタンテレビジョン|TOKYO MX]]編成局報道制作部[[アナウンサー]])と結婚するという報道があり、それを受けて正行自身が6月17日放送の『ザ・ゴールデンアワー』のエンディングにて田野辺との結婚を正式に発表した。2010年11月7日に[[ザ・キャピトルホテル 東急]]で挙式披露宴を行った。田野辺とは2015年に離婚している。
 
[[2013年]][[5月28日]]、[[西口プロレス]]に[[ミル・マスカラス]]を模したマスクマン【ミル・マサカラス】として登場。試合中マスクを剥がされ正体が明らかになり、会場にゲストで来ていた父・徳光和夫の前でファイトをした。お笑いプロレスごっことは言え、中学生の頃の夢だったプロレスデビューをかなえる事となった。以来、月一度の西口プロレス本興行にマサカラスとして定期的に参戦している。
 
== 出演 ==
まだ芸能界に入る前で当時高校生だった1989年、第13回[[アメリカ横断ウルトラクイズ]]の第1問発表時(この時は予選開催日に新聞の朝刊の広告に問題が掲載された)に、茅ヶ崎の実家にて父の和夫と出演。テロップでは「次男 正和君」と本名で表記された。父からは「マサ」と呼ばれていた。
 
父からは「マサ」と呼ばれており、共演番組でもそう呼ばれる。
 
[[2006年]]10月より、[[テレビ東京]]の情報番組『[[レディス4]]』の3代目司会者に就任する。その為MXテレビ『[[5時に夢中!]]』は同年[[9月22日]]を以て降板した。[[2007年]][[12月25日]]に行われた『ハッスル・ハウス ~クリスマスSP 2007~で』自身初のプロレス実況を担当し、親子2代でのプロレス実況が実現した。同年の[[大晦日]]に2年連続で『年忘れにっぽんの歌』の司会を担当した。
 
2006年に『[[にっぽんの歌|年忘れにっぽんの歌]]』、『[[サルヂエ]]』、2007年には『[[24時間テレビ 「愛は地球を救う」|24時間テレビ30]]』『[[オジサンズ11]]』で父と共演している。
=== 現在の出演番組 ===
* 徳光・まち子の演歌一番星(テレビ愛知、2012年3月 ‐ )
* [[日曜はカラフル!!]](TOKYO MX、2019年4月 - )
* 徳光和夫のプロレス自慢できる話([[日テレジータス]])
 
=== 過去の出演番組 ===