「柔道」の版間の差分

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=== 社会体育としての柔道 ===
日本では武道、武術、格闘技の多くは町道場やジムでの社会体育を中心として行われている。柔道も講道館という社会体育として始まった。その後、民間などの[[道場]]での活動のほかに、警察署の道場で一般向けの教室が行われるようになり社会体育の柔道は拡大した。1980年代でも全柔連の主なメンバーは骨接ぎや社会体育である町道場を商売にしている人が多い、と首都圏で町道場を営み日本柔道界の内情に詳しい小野哲也は述べている。1986年ごろ、ある議員から全柔連は[[全日本学生柔道連盟]](学柔連)の大卒メンバーと異なり、知性・教養がない者ばかり、と言われたことがあるとも小野は述べている<ref>{{Cite book|和書|author=高山俊之(聞き手・構成) |year= |title=柔道界のデスマッチ全柔連VS学柔連|others=小野哲也(話し手) |publisher =[[三一書房]]|isbn=|quote=|origdate=1988-5-15|pages=46|date=}}</ref>。フランスや北欧などは日本のように学校管理下、教員顧問による指導の部活動自体がほとんどなく、地域のスポーツクラブに任意で加入して、そこで柔道の指導、練習を受ける社会体育の柔道がメインである。
 
=== 企業体育としての柔道 ===
日本では[[企業]]の[[実業団]]活動が行われている。柔道がオリンピック競技となってから、企業は実業団による選手育成に力を入れ、のちに警察柔道を凌ぐ勢力となっている。1980年代、学柔連のメンバーは大学の柔道部OBがメインで実業団柔道に対しても影響力があった。講道館・全柔連対学柔連の内紛では、1983年に全日本実業柔道連盟(実柔連)会長の[[永野重雄]]は学柔連に共鳴し、副会長の青木直行が受け流したため実現しなかったが、青木に全柔連から脱退すよう命じた、と小野哲也は語った<ref>{{Cite book|和書|author=高山俊之(聞き手・構成) |year= |title=柔道界のデスマッチ全柔連VS学柔連|others=小野哲也(話し手) |publisher =[[三一書房]]|isbn=|quote=|origdate=1988-5-15|pages=48-49|date=}}</ref>。
 
=== ステートアマチュアとしての柔道 ===