「アプリオリ」の版間の差分

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{{Otheruses||[[Mrs. GREEN APPLE]]の楽曲「ア・プリオリ」|青と夏}}
'''アプリオリ'''は、[[経験]]的[[認識]]に先立つ先天的、自明的な[[認識]]や[[概念]]。[[カント]]および[[新カント学派]]の用法。[[ラテン語]]の a priori に由来する。[[日本語]]では、「先験的」「先天的」「[[超越的 (哲学)|超越的]]」などと訳される。
 
== 概要 ==
[[フレーゲ]]によれば、命題の真偽が論理法則のみに依拠すれば「アプリオリ」であり、経験的事実に依拠すれば「[[アポステリオリ]]」となる。なお、ここでいう「命題」とは厳密には「ある判断の真理性の証明」を指している<ref>[[野本和幸|野本]]『フレーゲ哲学の全貌』(2012)p.155</ref>。
 
[[エトムント・フッサール|フッサール]][[現象学]]では、直観によるアプリオリの作用(抽象)を「本質直観」と呼んでいる<ref group="注釈">本質直観は「イデー化(理念化)」とも呼ばれており、フッサール自身、様々な角度から説明を試みている。『デカルト的省察』・『論理学研究』など</ref>。
 
[[認識論]]において用いられる難解な言葉であり、アプリオリは[[アポステリオリ]]の[[対語]]である。「先験的」「先天的」などと訳される場合があるが、どちらの訳もこの語の意味にあっていないと言われ、多くの場合「アプリオリ」と[[カタカナ]]で書かれる。