「柔道」の版間の差分

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{{seealso|講道館#武術としての柔道(勝負法)}}
 
今日周知されているような体育としての柔道観、人間教育としての柔道観以上に、嘉納治五郎の柔道観は元々幅の広いものであった。嘉納は柔道修行の目的を「修心法」「体育法(練体法、鍛錬法とも言う)」「勝負法(護身法とも言う)」(時に「慰心法」を含む)とし、柔道修行の順序と目的について、上中下段の柔道の考えを設けて、最初に行う下段の柔道では、攻撃防御の方法を練習すること、中段の柔道では、修行を通して身体の鍛練と精神の修養をすること、上段の柔道では終極的な目的として下段・中段の柔道の修行で得た身体と精神の力(心身の力=能力・活力・精力)を最も有効に使用して、世を補益することを狙いとした[4]<ref>『柔道大事典』p.214</ref>。武術としての柔術(勝負法)をベースに、体育的な方法としての乱取り及び形(体育法)、それらの修行を通しての強い精神性の獲得(修心法)を同時に狙いとしていた。
 
その一方で嘉納は武術としての柔道について「まず権威ある研究機関を作って我が国固有の武術を研究し、また広く日本以外の武術も及ぶ限り調査して最も進んだ武術を作り上げ、それを広くわが国民に教へることはもちろん、諸外国の人にも教へるつもりだ」との見解を述べており[5]<ref>『嘉納治五郎著作集 第2巻』p.105</ref>、研究機関を作り世界中の武術を研究して最も進んだ武術を拵えたいとの考えも持っていた。
 
柔道の歴史の中で、当身技を含む柔道勝負法の乱取り、古武術・古武道の技法を取り入れ武器術等も学ぶ古武道研究会や講道館棒術、当身技を体育的に行う精力善用国民体育、柔道理論を再整理し投技と固技に対し当身技と立ち関節技によって離れて行う離隔態勢の柔道(柔道第二乱取り法)などが研究され実践されててきた経緯がある。
 
{{seealso|講道館#勝負法の乱取り}}
 
==== 外国へ渡った柔道家====
また一方で嘉納の志向した武術としての柔道とは異なる流れとして、外国に渡り柔道普及活動の一環で異種格闘技を戦い名声を上げた[[谷幸雄]]や[[前田光世]]などの活躍もある。
 
世界を戦い渡り歩いた前田光世は旅先から日本在住の友人[[薄田斬雲]]宛にいくつかの手紙を送っており、幾多の戦いを通しての異種格闘技戦の「セオリー」が詳細に記録されている。そこでは前田が対峙したレスリング(西洋角力)やボクシング(拳闘)に対する歴史的分析、対策、勝負時の条件等を考察している。前田はレスリング、ボクシングの油断ならない面倒であることを述べながら、同時に柔道こそ世界最高の総合的かつ実戦的な格闘技だという自負を語る。「我が柔道は西洋の相撲(WRESTLING)や拳闘(BOXING)以上に立派なものであることは僕も確信している。拳闘は柔道の一部を用いているだけで、護身術としては幼稚なものだ。(中略)(拳闘は)個人的なゲームで、八方に敵を予想した真剣の護身術ではない。だから体育法としても精神修養法としても、また理詰めの西洋人流に科学的に立論しても、我が柔道と彼らの拳闘とは優劣同日の談にあらずである。」前田はその言説において柔道=護身術と明確に定義しており、その体系にレスリング、ボクシング技術や当て身の突きや蹴りを内包するものという主張が見受けられる。<ref>神山典士『グレイシー一族に柔術を教えた男 不敗の格闘王 前田光世伝』祥伝社、『前田光世の世界制覇』巻末 前田光世・筆「余が経験せる西洋角力」、『冒険世界』1911年10月1日発行 前田光世・投稿「余が経験せる拳闘」</ref>
明治後期から第二次世界大戦後にかけて外国人ボクサーと柔道家による他流試合興行「柔拳試合」が流行し行われていた歴史がある。戦前の柔拳興行は嘉納治五郎の甥の[[嘉納健治]]によって隆盛し、戦後の柔拳興行は[[万年東一]]によって行われている。
: {{Main|#柔拳興行}}
 
=== 体育としての柔道(体育法) ===
{{seealso|講道館#体育としての柔道(体育法)}}
 
=== 教育・精神修養・応用としての柔道(修心法) ===
講道館柔道の創始者嘉納治五郎は、明治22年に行われた「柔道一班並ニ其ノ教育上ノ価値」の講演において、柔道の三つの目的「柔道勝負法」「柔道体育法」「柔道修心法」のうち、「柔道修心法」について主に3つの効用を挙げる。
#徳目の涵養
{{seealso|講道館#徳性を涵養する}}
 
#知育
{{seealso|講道館#智力を練る}}
 
#勝負の理論の応用
{{seealso|講道館#勝負の理論を世の百般に応用する}}
 
==== フランスの柔道教育の応用 ====
そこには[[新渡戸稲造]]が『[[武士道]]』において挙げる徳目の、「礼儀」「勇気・敢闘及び忍耐の精神」「義」「克己」「誠実・信実」「仁・惻隠の情」「名誉」「忠義」と通ずるものであることが分かる。
また、フランスにおける柔道の指導者資格は国家的ライセンスとなっており、その300時間に及ぶ講習は柔道の座学として、医学的見地などや修心的要素も学ぶものであり、嘉納の挙げる柔道修行法の一つ「講義」の応用となっていると言うことが出来る。
 
==== 残心 ====
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== 高専柔道、七帝柔道 ==
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