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だが、絶頂の最中に、ミシェル・フィリップスとデニー・ドハーティの不倫が発覚し、[[1966年]]、ミシェルは夫のジョンに追い出される形でグループを脱退する。しかし、適当な代役が見つからなかったため、ミシェルは結局すぐに復帰して、ジョンと寄りを戻した。その後は、1966年発売のシングル「[[アイ・ソー・ハー・アゲイン]](''I Saw Her Again'')」が全米5位、この曲を収録したセカンド・アルバム『The Mamas & The Papas』も全米4位まで昇った。
[[1967年]]2月発売のサード・アルバム『Deliver』が全米2位を記録。このアルバムからは「愛する君に(''Dedicated to the One
同年、「[[朝日をもとめて]](''Twelve Thirty(Young Girls Are Coming to the Canyon)'')」「[[:en:Glad to Be Unhappy|Glad to Be Unhappy]]」などがヒット。しかしジョンとミシェルの夫婦仲は再び亀裂が生じ始めていた。そして[[1968年]]になると、グループは完全に崩壊し、各メンバーはそれぞれ個人的な活動を始めた。契約上制作しなければならなかった最後のアルバム『People Like Us』は、メンバーが各自で収録した曲をまとめて発売された。
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