「大正世代」の版間の差分

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=== 大正世代が受けた教育 ===
大正世代は[[日本人]]の[[平均寿命]]は人生50年以下の42歳くらいと教育されていたと例えられている。[[軍事費]]の増大と[[植民地]]経営のコスト増大と[[世界大恐慌]]による収入減で[[財政]]難となっていた。財政難で日本人の1人当たりにすると[[戦前]]に生まれた赤ちゃんは誕生と同時に1人200円の国家の借金を背負っていた。国民[[男子]]は[[日本]][[国家]]のために[[軍人]]となり、国民[[女子]]はたくさんの子供を産んで後継者を残せと教育されていた。大正世代は大正時代に改革された[[教育思想]]の遺産である[[大正自由教育運動]]など欧米で活発化していた[[新教育運動]]運動が日本にも[[輸入]]されて、[[1920年代]]から[[1930年代]]前半にかけて起こった運動で教育された世代である。<ref>http://ncode.syosetu.com/n2420f/4/</ref>
 
[[自由主義]]の影響を受けて、[[家制度]]による[[お見合い]][[結婚]]から[[恋愛]]を謳歌する風潮や、[[個性]]を重視する教育・[[作文]]による教育・私立学校による教育が盛んになっていた。<ref>皿木喜久 『大正時代を訪ねてみた 平成日本の原景』「大正世代」 (産経新聞社、2002年)136頁〜139頁の理想の學校づくり-個性尊重かかげて次々と産声の項目</ref>[[大正時代]]には、明治時代までは[[帝国大学]]のみだった大学が大学数が急増していた。[[明治時代]]までは[[専門学校]]扱いであった[[私立大学]]が[[大学令]]により認可されて、[[高等教育]]が普及した。当時はまだ[[義務教育]]のみの小学校卒業の学歴が大半であり、[[大学生]]は[[エリート]]であったが、都市部を中心に大学を卒業した[[インテリ]]層が増加して[[サラリーマン]]層が誕生した。[[学歴社会]]や企業社会の基礎となる高学歴化や都市化が進展した。[[東京箱根間往復大学駅伝競走|箱根駅伝]]や[[高校野球]]など戦前から始まり戦後になっても続いている部活動が盛んになった世代である。<ref>皿木喜久 『大正時代を訪ねてみた 平成日本の原景』「大正世代」 (産経新聞社、2002年)124頁〜127頁の燃え上がる野球熱大学高校から中学への浸透の項目</ref>帝国大学・[[旧制大学]]・[[旧制高校]]・[[旧制中学]]で戦前期に最後の[[大日本帝国]]の[[教育制度]]を受けた世代である。<ref>皿木喜久 『大正時代を訪ねてみた 平成日本の原景』「大正世代」 (産経新聞社、2002年)94ページ1行目〜95ページ1行目の進学熱と百家争鳴の項目</ref>