「ドルトン・プラン」の版間の差分

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但し、ダルトン教育を受けた者の中には新たな爆撃術の研究開発を行った[[関衛]]など数々の有能な人材を輩出している。また、太平洋戦争での惨敗の反省から当時の海軍の教育政策の問題と組織体質が問題視されており、現場の指揮官や若い士官が提案をしても退けられてしまい、年功序列・権威主義が優先され、組織としての柔軟さが欠けていたといい、敗因にも影響しているのではないかと述べられている他、アメリカ軍に比べ日本軍の戦術・戦法は教科書通りの戦法を繰り返すだけで、アメリカ軍に簡単に戦術・戦法を見透かされていたことなどから、永野が実施したドルトン・プランによって各人の創造性や専門性を開花させ、新しい戦術・戦法を生み出そうとした柔軟な発想の教育改革は海軍兵学校の歴史の中でも驚異的な革新性であり珍しい事例だという意見もある。
 
[[1970年]]に[[河合塾]]が幼児や児童を対象にした知能開発教室「英才教育研究所」を設立、[[1976年]]にはニューヨークのドルトンスクールと提携し、教室名も河合塾学園ドルトンスクールと改名した。[[1982年]]には2歳児、[[1991年]]には1歳児を対象にした幼児英才教育を行っている<sub><ref>[http://www.dalton-school.ed.jp/about/history/ 河合塾学園 ドルトンスクールの歴史]</ref></sub>。85年前のドルトン・プランが子どもを主人公とする教育改革を謳う[[新教育運動]]運動であったのに比べて、[[2007年]]現在のドルトン・プランは[[早期教育|早期英才教育]]の色が濃い。
 
[[2019年]]、河合塾によりドルトン・プラン教育を行う中高一貫校[[ドルトン東京学園中等部・高等部]]が[[東京都]][[調布市]]に開校した。
==関連項目==
*[[ウィネトカ・プラン]]
*[[大正自由教育運動]]、[[新教育]]
*[http://www.dalton-school.ed.jp/ ドルトン・スクール(Children's University)]東京校・名古屋校もあり。日本語サイト