「A・S・ニイル」の版間の差分

編集の要約なし
m (もたらす)
編集の要約なし
[[ファイル:Neill birthday.jpg|right|thumb|200px|誕生日のお祝いの席でのニイル]]
'''アレクサンダー・サザーランド・ニイル'''('''ニール'''、Alexander Sutherland Neill、[[1883年]][[10月17日]] - [[1973年]][[9月23日]])は、[[イギリス]]の[[新教育運動]]運動の教育家。[[エディンバラ大学]]に学び、[[1912年]]、修士号を取得。[[1914年]]、[[スコットランド]]のグレトナ・グリーンスクールの校長になる。
 
[[ドイツ]]の[[改革教育運動]]の影響を強く受け、[[1921年]] ドイツ [[ドレスデン]]郊外のヘレナウで新しい学校を創立。この学校はのちに彼の妻になるノイシュタッターと共に[[オーストリア]]に移り、その後、[[1923年]] 南[[イングランド]]のライム・レギスに移り、そこで本格的に教育活動が始まる。[[サマーヒル・スクール]]という名でこの学校は、「世界で一番自由な学校」として知られている。ニイルの「子どもを学校に合わすのではなく、学校を子どもに合わせる」という言葉は有名。彼の著作集は邦訳がある。邦訳者の[[堀真一郎]]も、[[大阪市立大学]]の教授のポストを捨てて、自ら、きのくに子どもの村小学校(現在・[[きのくに子どもの村学園]])を創立している。