「662 BPM BY DG」の版間の差分

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== 背景 ==
1988年、[[ナゴムレコード]]所属の[[テクノポップ]]バンド・'''[[人生 (バンド)|人生(ZIN-SÄY!)]]'''で活動していた[[石野卓球]]は、同レーベル所属の[[筋肉少女帯]]がメジャーデビューしたこと、あるいは[[TBS系列|TBS系]][[深夜番組]]『[[平成名物TV]]』([[2007年|1989年]] - [[2009年|1991年]])での1コーナー「[[三宅裕司のいかすバンド天国]]」から多数のバンドが輩出されていることに焦りを感じていたが、結果として同番組には出演しなかった<ref name="_muscle27">{{Cite book|和書
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== 音楽性 ==
=== 歌詞とテーマ ===
当初製作された曲の中で[[スラッシュメタル]]をテクノで構成した「JB・ザ・スラッシャー」という曲があったが最終的に没になった<ref name="_muscle27"/>。しかし、この着想から同グループの当時のコンセプトは「スラッシュ・テクノ」となり、90年代の[[パンク・ロック|パンク]]、[[エレクトロニコア|デジタルハードコア]]を志向していた<ref name="_muscle27"/>。また、当初は人生の延長線上にある音楽性であったが、[[ナパーム・デス]]などのグループからの影響や[[ハウス (音楽)|ハウス]]、ヒップホップを導入し、「打ち込みでも力強い音でありたい」と志向したことが人生との最大の違いであると石野は語っている<ref name="_muscle27"/>。
 
収録曲の内、「[[N.O.]]」の原曲「無能の人(LESS THAN ZERO)」は、人生時代の自身のことを歌詞にしたという<ref name="_muscle27"/>。これは自身にとって初めて心情を歌った曲であり、石野自身にも特別な曲であるとして「好きな曲ですね」と語っている<ref name="_muscle27"/>。また、歌詞に関してはコミカルなものはやめ、物語のような歌詞や「短くてズバリと言えるような歌詞」を書いていきたいとも語っている<ref name="_muscle27"/>。
*[[パブリック・イメージ・リミテッド|PIL]]
*[[あしたのジョー]]
*[[スリップノット]]
*[[パブリック・エナミー]]
*[[ポップ・ウィル・イート・イットセルフ]]
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