「バロー=イン=ファーネス」の版間の差分

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|static_image_name= Barrow montage2.jpg
|static_image_caption= 画像説明は脚注参照<smallref group="注">左上から:中心市街地、彼方に[[ブラックプール]]が見える;ウォルニー橋とファーネス大学;ドック・ミュージアムと[[BAEシステムズ]]デヴォンシャー・ドック・ホール;ファーネス大修道院跡;ラムズデン広場;エムリン・ヒューズ・ハウス;自治体庁舎;聖マリー・カトリック教会</smallref><br/>[[File:Barrow in Furness Town Arms.jpg|100px]]<br/><small>Coat of arms of Barrow in Furness</small>
|latitude= 54.1108
|longitude= -3.2261
 
== 地理 ==
[[アイルランド海]]・[[{{仮リンク|モーカム湾]]{{enlink|en|Morecambe Bay}}に突き出した{{仮リンク|ファーネス半島{{enlink|en|Furness}}の先端に位置する。
 
首都[[ロンドン]]から北西350km(220マイル)の距離にある。[[マンチェスター]]の北西95km(59マイル)に所在し、カンブリアの[[カウンティ・タウン]](州都)である[[カーライル (イングランド)|カーライル]]は南南西87km(54マイル)の位置にある。
 
[[:en:Borough status in the United Kingdom|バラ(自治都市)]]としての[[バロー・イン・ファーネス (バラ)|バロー・イン・ファーネス市]]{{enlink|Barrow-in-Furness (borough)}}は、中心地区(タウン)バロー・イン・ファーネスと、[[{{仮リンク|ウォルニー島]]{{enlink|en|Walney Island}}など郊外の集落からなっている。バラの人口の約5/6は、面積にしてバラのおよそ半分を占めるタウンとしてのバロー・イン・ファーネスに集中している。
 
== 歴史 ==
歴史的には[[ランカシャー]]の一部に含まれる地域である。中世には有力な修道院の一つだったファーネス修道院が栄えたが、16世紀の[[ヘンリー8世 (イングランド王)|ヘンリー8世]]の宗教改革で修道院が解体されて以降は寂れた。[[19世紀]]中頃の[[産業革命]]の到来によって、それまで小さな漁村であったバロー・イン・ファーネスには、イングランド各地やスコットランドから大量の人口が流入した。
 
水深の深い水域が陸の近くまで来ていたことから、バローは鉄鉱石やスレートの格好の積み出し港となり、1846年に内陸の鉱山と港をつなぐ{{仮リンク|ファーネス鉄道{{enlink|en|Furness Railway}}が開通した。やがて沿岸部には[[製鉄所]]が建設された。良港を抱えた立地は、鉄鋼を輸出するのに理想的であった。バローは急成長を遂げ、また地元で生産された鋼によって[[造船業]]も栄えることになった。
 
19世紀初頭には2000人ほどだった地域人口は1861年には9000人以上になった。1867年にバローが市(カウンティ・バラ)に昇格すると、ファーネス鉄道と製鉄所の社長を兼務していた{{仮リンク|ジェームス・ラムズデン<small>([[:|en:|James Ramsden (industrialist)|James Ramsden]])</small>}}が初代市長になった。人口は1871年には10年前のほぼ倍の1万8千人に、さらに10年後の1881年には5万人近くにまで急激に増加した。この人口の急増に対して、ラムズデンら市当局は都市計画を作成し、計画的に街路や建物を建造することで対応した。このことから、バローは近代的な都市計画に基づいて作られたイングランドで最も古い都市のひとつともされる。(→[[モデル村]]も参照)
 
=== 造船の町として ===
19世紀末以降拡大された造船所はやがてイギリスで有数、つまりは当時の世界最大級の規模になり、多数の客船、貨物船、そして軍艦を建造した。第一次世界大戦中にバローの人口は8万2千人を超えてピークに達した。
 
1901年にイギリス海軍初の潜水艦「ホランド1」を建造して以来、1914年までにイギリスで建造された潜水艦の9割以上はバローのヴィッカースで建造された。この伝統が現在も受け継がれている(→[[#産業|産業の項]])。ヴィッカースはまた飛行船の建造にも乗り出し、ウォルニー島の北側に現在も残る飛行場を建設した。
 
第二次世界大戦では造船所、製鉄所がドイツ空軍の標的となり、数度にわたって大規模な空襲を受けた<small>(→[[:en:Barrow Blitz|Barrow Blitz]])</small>。ウォルニー島飛行場に戦闘機隊が常駐し、市街や周辺の各所に対空砲陣地が作られ、空襲に対抗した。空襲の被害は市街地にも及び、最終的に空襲で83人が死亡、1万1千棟以上の家屋が破壊された。しかし造船所も製鉄所も完全に破壊されることはなく、終戦までその機能を維持し続けた。
 
1951年に人口が7万8千人に迫り第二のピークを迎えたが、その後製鉄業は海外との競争から脱落して落日を迎えた。1963年に製鉄所が閉鎖、その3年後にはファーネス地方で最後に残っていた鉱山も閉山し、鉱石の積み出し港・鉄鋼の輸出港としての機能は失われた。しかし造船業は21世紀となった現在も(企業はヴィッカースから国営化を経て[[BAEシステムズ]]と変遷したが)存続している。
日本海軍の戦艦[[三笠 (戦艦)|三笠]]もこの街で建造された。当時、起工した戦艦の訓練などのために日本海軍がこの地を訪れており、その際に市長が彼らを夕食会に招待している。
 
またバロー・イン・ファーネスの西側にある[[{{仮リンク|ウォルニー島]]|en|Walney Island}}には戦艦三笠を記念し、Mikasa Streetと名付けられた通りが存在する。道自体は住宅地の一般道路で、記念碑などの類は存在しない。この通りは前述のヴィッカース・タウンの中にあり、町の通りはヴィッカースが建造した艦船の名前から命名されており、その一つがMikasa Streetである。
 
今でもタウンホールの市長室には、[[東郷平八郎]]より贈られた記念品が飾られている。
 
== フィクションにおいて ==
[[ウィルバート・オードリー]]の絵本シリーズ『[[汽車のえほん]]』(およびその映像化作品『[[きかんしゃトーマス]]』)の舞台である[[ソドー島]]は、バロー=イン=ファーネスの西にあると設定されており(実在する{{仮リンク|ウォルニー島{{enlink|en|Walney Island}}も組み込まれている)、作中のノース・ウェスタン鉄道本線はバロー=イン=ファーネス駅が出発駅となっている。
 
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
; 注釈
{{Reflist|group="注"}}
; 出典
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== 外部リンク ==