「ツキヨタケ」の版間の差分

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→‎古典上での記述: 返り点が不全なので後に合わせて除去し、「當」のみ同じく後と異なり、正字なので、新字にした。
m (→‎古典上での記述: 返り点が不全なので後に合わせて除去し、「當」のみ同じく後と異なり、正字なので、新字にした。)
 
== 古典上での記述 ==
日本では古くから[[毒キノコ]]として広く知られており、『[[今昔物語集]]』では'''和太利(わたり)'''という名で登場し、ヒラタケと偽ってこの菌を入れた汁物でもてなす毒殺未遂事件が取り上げられている(二十八巻「[[金峰山]]別毒茸不酔語第十八」)<ref name=Imazeki1974/><ref name=NandO/>。また、同じく二十八巻の十七話として、「藤の樹に発生した平茸を食したことによる中毒事件(左大臣御読経所僧酔茸死語第十七)」が題材とされているほか、同じ巻の第十九話(比叡山横川僧酔茸誦経語第十九)として、平茸とおぼしき茸を持ち帰ったところ、「これは平茸ではない」という者と「いや、平茸だから食べられる」という者とがあり、汁物にして食したところ中毒を起こした、と記述されている。後者の二つの例においては「和太利」の名こそ登場しないものの、これらもまたツキヨタケによるものではないかと推測されている<ref name="毒きのこ今昔179-190">{{harvnb|毒きのこ今昔|pp=179-190|ref= "毒きのこ今昔"}}</ref>。
 
江戸時代末期に著わされた[[続三州奇談]]では、本種とおぼしきキノコを指して'''闇夜茸'''の名が当てられ、「又闇夜茸と云う物あり。闇中に二・三茎を下げて歩けば、三尺四方は明るくして昼の如し:多く積む処には遠望火光に似てけり:是を煮て食ふに、吐瀉して多く煩ふ:味も劣れり、必ず食ふべからずとや」と記述されている<ref >日置謙(校訂)、1933.七尾網燐.続三州奇談 巻六.(合本三州奇談 p. 195-196.) 石川県図書館協会、金沢.</ref>。
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