「伊豆箱根鉄道5000系電車」の版間の差分

m
→‎増備による変遷: 西暦リンク化
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
m (→‎増備による変遷: 西暦リンク化)
== 増備による変遷 ==
=== 第1編成 ===
[[昭和59年([[1984年]](1984年)製造。車体は[[炭素鋼|普通鋼]]製である。大雄山線は[[小田原駅|小田原]]行きか[[大雄山駅|大雄山]]行きしかないため、前面[[方向幕|行先表示器]]は字幕式ではなく「バイナリー・ヘッドマーク (Binary Head Mark) 」と称される装置を採用した。「小田原」と「大雄山」の表示を固定掲示して裏から電灯で照らすものである。光線の具合によっては点灯していない方の表示を読み取ることができる。
 
=== 第2 - 4編成 ===
{{Double image aside|right|Izuhakone5003odawara.JPG|200|Izuhakone-5004-inside.jpg|200|第2編成|第2編成の車内}}
[[昭和61年([[1986年]](1986年) - [[平成元年([[1989年]](1989年)にかけて製造。第2編成からは、[[ステンレス鋼|ステンレス]]製軽量車体に変更された。第2編成は当初第1編成と同様、先頭車の連結側に貫通扉があり妻窓は2段式であったが、扉はのちに撤去されている。これは第1編成も同様である。[[抵抗制御]]による[[制御装置]]・[[電動機|モーター]]がこの時期にはすでに日本の鉄道車両において主流ではなくなりつつあったものの(すでに多数が[[チョッパ制御]]から[[VVVF制御]]への過渡期)、引き続き採用された(後の第5 - 7編成も同様)。補助電源は第1編成がブラシレスMG (BL-MG) なのに対し、第2編成以降はSIVに変更されている。第3編成と第4編成はほぼ同じものであるが、第4編成は当初側面の社紋が赤で塗られていた。当初から貫通扉がなく妻窓が下降式になり、[[ドアエンジン]]が静音形の同時期製造[[小田急8000形電車]]同様のものへ変更されたのが主な変更点である。
 
=== 第5編成 ===
[[平成2年([[1990年]](1990年)製造。中間車の扉間の[[鉄道車両の座席|座席]]は転換クロスシートとされた。扉横も含め全ての座席が任意に転換できるが、扉横の座席と扉付近のスペースを区切る仕切りは存在しない。
 
また各車両の側面に小型の[[発光ダイオード|LED]]式行先表示器が設置された。
=== 第6・7編成 ===
{{Double image aside|right|Izuhakone-5011.jpg|200|Izuhakone-5507-inside.jpg|200|第6編成|第7編成の車内}}
第6編成は[[平成6年([[1994年]](1994年)、第7編成は[[平成8年([[1996年]](1996年)製造。前面に[[排障器]](スカート)が装着され、[[集電装置|パンタグラフ]]は菱形から下枠交差形に変更された。また、行先表示器は「バイナリー・ヘッドマーク」からLED式に変更された。
 
内装については全車両の扉間の座席がクロスシートとされたが、第5編成と異なり扉横の座席は固定式とされ、中間のみ転換クロスシートとされた。したがって転換可能な座席数自体は第5編成から増えていない。