「日本お笑い史」の版間の差分

[[1903年]]、東京市浅草区[[浅草公園六区]]に、「日本で初めての常設活動専門館」として「[[電気館]]」がオープン。以降、映画は常設の興行メディアとして、東京・大阪といった大都市のみならず、日本全国に拡大した。特に、1930年代[[トーキー映画]]の技法が確立すると、榎本健一など軽演劇の人気者が出演するようになり、その人気が全国的なものとなった。また、落語や漫才もラジオに加え映画によって地方の住民も楽しむようになった。
 
戦後、1960年代に一般家庭にテレビが普及するまでは、全国に向けてのメディアは、ラジオと映画であり、特に映画は、その予算や影響力から、[[森繁久彌]]などトップスターを輩出した。
 
===戦地慰問活動===