「衣川孔雀」の版間の差分

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[[File:Kinugawa Kujaku.jpg|thumb|衣川孔雀  1919]]
'''衣川 孔雀'''(きぬがわ くじゃく、[[1896年]][[5月28日]] - [[1982年]][[10月18日]])は、日本の[[俳優|女優]]。
 
[[在スペイン日本国大使館|スペイン公使館]][[一等書記官]]牛円競一の娘で<ref>[[江刺昭子]]・[[史の会]]編著『[https://books.google.com/books?id=84-gXf5YubEC&pg=PA112 時代を拓いた女たち: かながわの131人]』([[神奈川新聞社]]、[[2005年]])、p.112</ref>、本名を牛円貞子という。[[横浜市]]出身。[[実践女学校]]卒<ref name=hosoe>細江光, 「[http://ciid.nii.ac.jp/els1061/110001045532.pdf?id=ART0001210506&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1361462727&cp= 「00000766/ 上山草人年譜稿 ; 3 : 谷潤一郎との交友を中心に」細江光]」『甲南女子大学研究紀要 文学・文化編』 39号 p.11-54 2002年, 甲南女子大学, {{ISSN|1347121X}}, {{naid|110001045532}}</ref>。[[1913年]][[カフェ]]で働くところを[[上山草人]]に見出されて衣川孔雀の[[芸名]]を与えられ、草人の「[[ファウスト (ゲーテ)|ファウスト]]」のグレートヒェン役でデビュー。[[松井須磨子]]に並ぶ女優との評価を受ける。妻・[[山川浦路]]のある草人の公然たる[[愛人]]となり、[[ヘンリック・イプセン]]の「[[人形の家|ノラ]]」で主演したりする。1914年に草人との子である女児を生み、農家に里子に出すが病死、翌年にも女児を生むが病死。[[1915年]]頃草人を捨てて[[泉鏡花]]の弟子の歯科医[[寺木定芳]]と結婚。[[1923年]][[関東大震災]]の時[[鎌倉]]にあって寺木との間に生まれた二児を失う。草人はこの事件を小説『蛇酒』に書き[[谷崎潤一郎]]の推薦で刊行された。
 
==参考文献==
* 上山草人「蛇酒」
 
== 脚注 ==
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<references />
 
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