「サマンサ・スミス」の版間の差分

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ヨーロッパや北アメリカ各地で大規模な反核武装デモが頻発する一方で、1983年11月20日に[[アメリカン・ブロードキャスティング・カンパニー|ABC]]が放映した核戦争後の世界を描いた大作ドラマ「[[ザ・デイ・アフター]]」は1980年代最大級の社会現象となった<ref>Emmanuel, Susan. "[http://www.museum.tv/archives/etv/D/htmlD/dayafterth/dayafter.htm The Day After]". The Museum of Broadcast Communications. Retrieved on April 14, 2008.</ref>。
 
この頃には[[米ソデタント]]政策は事実上形骸化していた。ソ連が{{仮リンク|SS-20 (ミサイル)|label=SS-20|en|RSD-10 Pioneer<!-- リダイレクト先の「[[:en:SS-20 Saber]]」は、[[:ja:RSD-10 (ミサイル)]] とリンク -->|FIXME=1}}中距離弾道ミサイルを配備し、これに対抗したレーガンも[[巡航ミサイル]]と[[MGM-31 (ミサイル)|パーシング II]]をヨーロッパに配備していた。ソ連の[[アフガニスタン戦争]]への介入が3年目に突入していたことも国際的な緊張に一役買っていた。このような状況から、アンドロポフは1982年11月22日発行の『[[タイム (雑誌)|タイム]]』の表紙を飾った。これを見たサマンサが母に「そんなに皆彼のことを恐れているなら、なぜ誰も本人に直接、戦争をするつもりがあるかどうか聞かないのだろう?」と尋ねたところ、母は「じゃあ、あなたが聞いてみたら?」と答えた<ref>{{cite web |title=Press |publisher=www.SamanthaSmith.info |url=http://www.samanthasmith.info/timenov22-1982.htm |accessdate=2008-02-26}}</ref>。
 
==手紙==