「アドルフ=フェリックス・カルス」の版間の差分

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二コラ
m (二コラ)
 
{{Infobox 芸術家
| bgcolour = #6495ED
| name =アドルフ=フェリックス・カルス<br>Adolphe-Félix Cals
| image = File:Cals 29 portrait of the artist.jpg
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| caption = 自画像(1851年)
| birthdate = [[1810年]][[10月17日]]
| location = フランス,[[パリ]]
| deathdate = [[1880年]][[10月3日]]
| deathplace = フランス,[[オンフルール]]
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'''アドルフ=フェリックス・カルス'''(Adolphe-Félix Cals、[[1810年]][[10月17日]] - [[1880年]][[10月3日]])は、[[フランス]]の画家、版画家である。
 
== 略歴 ==
[[パリ]]の中流階級の出身で、体が弱かったので、両親は版画家のアンセラン(Jean-Louis Anselin)のもとで学ばせ、1823年にアンセランが亡くなった後はコラ・ポンセ(Nicolas Ponce)やジャン・ボスク(Jean Bosq)に学んだ。1828年に絵画に転じ、[[レオン・コニエ]]の教室で学んだが、比較的古めかしいコニエのスタイルになじめず短期間でコニエのもとを離れた。1835年から[[サロン・ド・パリ]]に肖像画や風景画の出展を始めた。1840年頃、コニエの教室で知り合った女性と結婚した。
 
1860年にパリの画商、ピエール=フィルマン・マルタン(Pierre-Firmin Martin)に作品を評価され、マルタンはカルスの絵を売ってくれ、パトロンの美術収集家のドリア伯爵(Count Armand Doria)に紹介してくれた。フランス北部、オワーズ県の伯爵の邸に招かれて作品を描き、伯爵の友人たちに作品が売れた。安定した生活を得たカルスはオランダ出身の画家、[[ヨハン・ヨンキント]]のパリでの生活を援助した友人の一人となった。