「アレクサンドル・ルカシェンコ」の版間の差分

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1994年ベラルーシ大統領選挙に立候補。大衆迎合的な選挙[[マニフェスト|公約]]を掲げ、他の候補に圧勝、初代大統領に就任する。
 
2004年9月7日、ルカシェンコは、大統領の多選を禁じる憲法を改正し、多選を可能とする[[国民投票]]の実施を発表。翌10月17日の国民投票の結果、8割弱の賛成で3選への道を開く。これを受け2005年、[[アメリカ合衆国大統領]]に再選を果たしたばかりの[[ジョージ・ウォーカー・ブッシュ|ジョージ・W・ブッシュ]]は、打倒すべき[[独裁政治|独裁国家]]のひとつとしてベラルーシを挙げた。ブッシュはまた、ベラルーシを「最悪の独裁国家」と批判している。2006年3月19日に行われた任期満了に伴う大統領選挙では、得票率82.6%([http://www.rec.gov.by/elect/prrb2006/voting.html 公式発表])で圧勝し3選を果たしたが、この選挙に関しては得票率改竄の疑惑や、[[野党]]候補及びその支持者への妨害などの不正が行われていたとの証言<ref>{{Cite web|url= http://www.geocities.jp/hmichitaka/2006elections.htm |title= 2006年ベラルーシ大統領選特報 |work= 服部倫卓のロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪 |author= [[服部倫卓]] |date= 2006-03-20 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= https://web.archive.org/web/20150418135602/http://www.geocities.jp/hmichitaka/2006elections.htm |archivedate= 2015-04-18 }}</ref>が存在する。
 
2010年12月19日投開票の大統領選挙で4選を果たしたが(得票率79.7%)、やはり不正選挙であるという指摘がなされている<ref>{{Cite news
}}</ref>。ロシアはかねてからベラルーシの吸収合併を狙っていた。
 
2009年に入ってベラルーシは西側への接近を強め(ルカシェンコ自身「我々は西側との関係を正常化する」と言明している)、ロシアとの関係が悪化している。ロシアから約束されていた5億ドルの支援が棚上げになったことに立腹し、「ロシアに泣きついて頭を下げることはない」と述べ、欧米への接近を図った<ref>{{Cite news|url= http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090530/erp0905301051005-n1.htm |title= 「欧州最後の独裁者」支援棚上げでロシアに立腹 ベラルーシのルカシェンコ大統領 |newspaper= MSN産経ニュース |date= 2009-05-30 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= https://web.archive.org/web/20090602140333/http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090530/erp0905301051005-n1.htm |archivedate= 2009-06-02 }}</ref>。これに対し、ロシアは対抗措置としてベラルーシ産の乳製品を輸入禁止にした。連合国家構想もこのような点や、またもはや双方ともにやる気がないとの見方もある<ref>[http://www.svobodanews.ru/content/transcript/1741981.html Владимир Путин провел в Минске заседание совмина Союзного государства России и Белоруссии]</ref>。しかし、金銭面での支援を得るためにEUへ接近したものの独裁体制などを理由に支援を却下され、これにルカシェンコは立腹し、ロシア、EU双方を「わが国の主権を侵害している」と非難した。ベラルーシの国家財政の基盤だった他国からの援助が得られず、ルカシェンコは国際社会から孤立した。ロシアの[[財務大臣|財務相]]である[[アレクセイ・クドリン]]はベラルーシが市場改革や財政面での見直しを行っていないため、近い将来ベラルーシは財政破綻するとの見方を示している。しかし、2009年11月にはロシアからの経済支援を引き出すため、[[アブハジア]]と[[南オセチア]]の独立を承認することを検討している<ref>{{Cite news|url= http://www.asahi.com/international/update/1122/TKY200911220188.html |title= ベラルーシ、独立承認検討 南オセチア・アブハジア巡り |newspaper= asahi.com |publisher= 朝日新聞社 |date= 2009-11-23 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= https://web.archive.org/web/20091127090555/http://www.asahi.com/international/update/1122/TKY200911220188.html |archivedate= 2009-11-27}}</ref>。このように、ルカシェンコはロシアとEUを天秤にかけ、双方から経済支援を引き出す外交を展開している。このような外交手腕には、専門家も舌を巻いている<ref name="ntv20080917">[[日本テレビ放送網|日本テレビ]] 「[[緊急!ビートたけしの独裁国家で何が悪い!]]」 2008年9月17日放送。</ref>。また、ロシアとの関係改善のメドがついたことで、2009年12月には連合国家の最高国家評議会も行われる運びとなった。
 
2010年6月にロシアの天然ガスをめぐる紛争が発生。紛争自体は数日で解決を見たが、両国関係には大きな傷がついたと思われた。しかし、ルカシェンコはすぐにロシア・カザフスタン・ベラルーシの三カ国で発足する予定だった[[関税同盟]]に参加を表明。関係修復を素早く行なった。「国を売らない」と公言していたルカシェンコであったが、ベラルーシ国内の反政府運動の激化と、ロシアとの対立で国家財政の重要な収入源である天然ガスの国内通過料が得られなくなる可能性が出てきたため、2011年12月、[[ユーラシア連合]]構想への参加を表明(後に[[ユーラシア経済連合]]に加盟する)。それと引き換えに天然ガスをロシアがベラルーシに「統合割引価格」で提供、そして、ロシアがベラルーシ国内のガスパイプラインを買い取るという協定を結んだ。これにより、ベラルーシ経済はロシアに掌握された格好となった<ref>{{Cite news
|url= http://sankei.jp.msn.com/world/news/111209/erp11120923010012-n1.htm
|title=【ソ連崩壊20年-解けない呪縛-】第6部 帝国再興の野望(2) 「欧州最後の独裁者」降伏
|newspaper= MSN産経ニュース
|date= 2011-12-09
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|archiveurl= https://web.archive.org/web/20111209234153/http://sankei.jp.msn.com/world/news/111209/erp11120923010012-n1.htm |archivedate= 2011-12-09
}}</ref>。
 
2014年に表面化したロシアと[[ウクライナ]]の紛争では、両国の間に入って調停役に回っている<ref>{{Cite news|url= http://sankei.jp.msn.com/world/news/140827/erp14082710320002-n1.htm |title= 露・ウクライナ大統領が同席し首脳級会合 停戦へ歩み寄り難しく |newspaper= MSN産経ニュース |date= 2014-08-27 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= https://web.archive.org/web/20140827180335/http://sankei.jp.msn.com/world/news/140827/erp14082710320002-n1.htm |archivedate= 2014-08-27 }}</ref>。
 
2015年4月2日には、国家財政の体力強化のため、半年間無職で納税しなかった人間に約360万[[ベラルーシ・ルーブル]](約3万円)の罰金の支払いと、支払い命令に従わなかった場合は拘束され、強制的に社会奉仕活動をさせられるという、旧[[ドイツ民主共和国|東ドイツ]]を彷彿とさせる政策の大統領令に署名した。ただ、高齢者や障害者、学生などは対象外である<ref>{{Cite news|url= http://www.sankei.com/world/news/150418/wor1504180046-n1.html |title= 半年無職なら罰金3万円! ベラルーシ |newspaper= 産経ニュース |date= 2015-04-18 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= http://archive.fo/BCWwI |archivedate= 2015-04-20 }}</ref>。
[[ファイル:Vladimir Putin with Alexander Lukashenko-9.jpg|thumb|220px|[[2000年]]、[[ロシア]][[ロシア連邦大統領|大統領]]の[[ウラジーミル・プーチン]](右)と]]
[[ファイル:Dmitry Medvedev with Alexander Lukashenko-3.jpg|thumb|175px|[[ドミートリー・メドヴェージェフ|メドヴェージェフ]]大統領と共に(2008年10月25日)]]
ルカシェンコ自身は共産党員<ref name="Sovietera"/><ref name="eraSoviet"/>だったソ連時代を除いて特定の[[政党]]に所属していないものの、ベラルーシ人民戦線とベラルーシ共産党(KPB)などが[[政権]]を支持する事実上の[[与党]]である。特に共産党とは「ソ連の復活」で一致し、[[レーニン]]像を保護するなど旧ソ連への懐古を強く打ち出す政策を採っている。大統領に就任すると、[[ベラルーシの国旗|国旗]]もかつての[[白ロシア・ソビエト社会主義共和国]]の国旗に変更し、それまでの国旗は使用禁止となった。また、政府庁舎に掲げられていた国章も[[鎌とハンマー]]があしらわれている白ロシアの国章に付け替えた(現在はそれを一部修正した[[ベラルーシの国章|現行のベラルーシの国章]]が付けられている)。また、ロシア語を公用語である[[ベラルーシ語]]と同等とし、強いロシア語化政策およびベラルーシ語の迫害政策を敷いている(国営テレビ放送や、大統領就任式などの国家行事でもベラルーシ語ではなく、ロシア語が使われている)。このため、ベラルーシ語自体が絶滅の危機に瀕しているとされる。[[グルジア紛争]]でのロシアの旧ソ連諸国との軍事的な対立や、ベラルーシのロシアへの併合への圧力をかけるための[[天然ガス]]の値上げなどの諸政策を受け、再度欧米への接近を図っているとも伝えられるが、[[欧米]]およびロシアとはバランスを保った関係を維持し、自らの権力を維持しようとしているという見方もある。
 
一方、経済面では[[ソ連崩壊]]後の経済危機を乗り切り、[[国内総生産]]の成長や工業生産の回復など一定の成果を収めており、ベラルーシの1人当たり[[国民所得]]は中所得国水準を維持しており、特に農村部に多くの支持者がいる。
ロシア連邦との「[[連邦|連邦国家]]」の実現による両国の政治・経済・軍事などの各分野での両国の統合構想を強く推進し、1999年12月8日には、当時の[[ボリス・エリツィン]]・[[ロシア|ロシア連邦]]大統領との間で[[ベラルーシ・ロシア連合国家創設条約]]に調印しているが、その後、彼に代わってロシア連邦大統領に就任した[[ウラジーミル・プーチン|プーチン]]らが提唱するロシアによる事実上のベラルーシ併合発言に反発し、両国の統合構想は行き詰ったままである。
 
=== 対関係 ===
一方、経済面では[[ソ連崩壊]]後の経済危機を乗り切り、[[国内総生産]]の成長や工業生産の回復など一定の成果を収めており、ベラルーシの1人当たり[[国民所得]]は中所得国水準を維持しており、特に農村部に多くの支持者がいる。
ロシア連邦との「[[連邦|連邦国家]]」の実現による両国の政治・経済・軍事などの各分野での両国の統合構想を強く推進し、1999年12月8日には、当時の[[ボリス・エリツィン]]・[[ロシア|ロシア連邦]]大統領との間で[[ベラルーシ・ロシア連合国家創設条約]]に調印しているが、その後、彼に代わってロシア連邦大統領に就任した[[ウラジーミル・プーチン|プーチン]]らが提唱するロシアによる事実上のベラルーシ併合発言に反発し、両国の統合構想は行き詰ったままである。[[グルジア紛争]]でのロシアの旧ソ連諸国との軍事的な対立や、ベラルーシのロシアへの併合への圧力をかけるための[[天然ガス]]の値上げなどの諸政策を受け、再度欧米への接近を図っているとも伝えられるが、[[欧米]]およびロシアとはバランスを保った関係を維持し、自らの権力を維持しようとしているという見方もある。2008年9月の下院選に監視団を受け入れることで、これを機に[[西側諸国|西側]]との関係改善を図ろうとしたが、10月6日にプーチン首相がベラルーシを訪問。[[連邦国家]]実現へ向けての[[政策]]を実行することを確認した。これは、ロシアに西側への接近を引き止められたといえる。しかしながら、同月[[欧州連合|EU]]が[[民主化]]の兆しと下院選を評価し、[[経済制裁|制裁]]が一部解除されることとなった。制裁の解除により、2009年3月26日にはローマ法王[[ベネディクト16世]]との会談が実現した。(ただし、ルカシェンコは[[無神論者]]である<ref>{{Cite web|url= http://www.russiatoday.com/Top_News/2009-04-27/What_has_Aleksandr_Lukashenko_told_Benedict_XVI.html |title= Aleksandr Lukashenko's first European destination: the Vatican |website= RT |date= 2009-04-27 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= http://archive.fo/E04y |archivedate= 2012-09-08 }}</ref>)。
 
2009年に入ってベラルーシは西側への接近を強め(ルカシェンコ自身「我々は西側との関係を正常化する」と言明している)、ロシアとの関係が悪化している。ロシアから約束されていた5億ドルの支援が棚上げになったことに立腹し、「ロシアに泣きついて頭を下げることはない」と述べ、欧米への接近を図った<ref>{{Cite news|url= http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090530/erp0905301051005-n1.htm |title= 「欧州最後の独裁者」支援棚上げでロシアに立腹 ベラルーシのルカシェンコ大統領 |newspaper= MSN産経ニュース |date= 2009-05-30 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= https://web.archive.org/web/20090602140333/http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090530/erp0905301051005-n1.htm |archivedate= 2009-06-02 }}</ref>。これに対し、ロシアは対抗措置としてベラルーシ産の乳製品を輸入禁止にした。連合国家構想もこのような点や、またもはや双方ともにやる気がないとの見方もある<ref>[http://www.svobodanews.ru/content/transcript/1741981.html Владимир Путин провел в Минске заседание совмина Союзного государства России и Белоруссии]</ref>。しかし、金銭面での支援を得るためにEUへ接近したものの独裁体制などを理由に支援を却下され、これにルカシェンコは立腹し、ロシア、EU双方を「わが国の主権を侵害している」と非難した。ベラルーシの国家財政の基盤だった他国からの援助が得られず、ルカシェンコは国際社会から孤立した。ロシアの[[財務大臣|財務相]]である[[アレクセイ・クドリン]]はベラルーシが市場改革や財政面での見直しを行っていないため、近い将来ベラルーシは財政破綻するとの見方を示している。しかし、2009年11月にはロシアからの経済支援を引き出すため、[[アブハジア]]と[[南オセチア]]の独立を承認することを検討している<ref>{{Cite news|url= http://www.asahi.com/international/update/1122/TKY200911220188.html |title= ベラルーシ、独立承認検討 南オセチア・アブハジア巡り |newspaper= asahi.com |publisher= 朝日新聞社 |date= 2009-11-23 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= https://web.archive.org/web/20091127090555/http://www.asahi.com/international/update/1122/TKY200911220188.html |archivedate= 2009-11-27}}</ref>。このように、ルカシェンコはロシアとEUを天秤にかけ、双方から経済支援を引き出す外交を展開している。このような外交手腕には、専門家も舌を巻いている<ref name="ntv20080917">[[日本テレビ放送網|日本テレビ]] 「[[緊急!ビートたけしの独裁国家で何が悪い!]]」 2008年9月17日放送。</ref>。また、ロシアとの関係改善のメドがついたことで、2009年12月には連合国家の最高国家評議会も行われる運びとなった。
[[グルジア紛争]]でのロシアの旧ソ連諸国との軍事的な対立や、ベラルーシのロシアへの併合への圧力をかけるための[[天然ガス]]の値上げなどの諸政策を受け、再度欧米への接近を図っているとも伝えられるが、[[欧米]]およびロシアとはバランスを保った関係を維持し、自らの権力を維持しようとしているという見方もある。[[ロシア連邦軍]]とは{{仮リンク|ザパド2017|en|Zapad 2017}}を行うなどロシアとの軍事的な同盟関係を続けつつ、ベラルーシを[[上海協力機構]]に加盟させ、ベラルーシの軍事パレードではソ連時代の[[ジル (自動車)|ジル]]の代わりに中国のパレードカー[[紅旗・L5]]を使ってロシア軍とともに[[中国人民解放軍]]をベラルーシ軍と行進させ<ref>{{cite web|url=http://eng.belta.by/fotoreportage/view/independence-day-parade-in-minsk-113091-2018/|title=Independence Day parade in Minsk|website=BELTA|date=2018-07-03|accessdate=2018-07-04}}</ref><ref>{{cite web|url=http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2015-05/07/content_35510707.htm|title=中国のパレードカー、ベラルーシの閲兵式に登場|website=[[中国網]]|date=2015-07-05|accessdate=2016-08-21}}</ref>、中国製武器の購入<ref>{{cite web|url=http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2016-07/01/content_38790802.htm|title=ベラルーシ、中国製ロケット砲を公開|website=[[中国網]]|date=2016-07-01|accessdate=2018-05-07}}</ref><ref>{{cite web|url=https://21stcenturyasianarmsrace.com/2017/07/09/the-belarusian-army-is-using-a-lot-of-chinese-hardware/|title=The Belarusian Army Is Using A Lot Of Chinese Hardware|website=21st Century Asian Arms Race|date=2017-07-09|accessdate=2020-04-22}}</ref>や[[弾道ミサイル]]を中国と共同開発<ref>{{cite web|url=https://sputniknews.com/europe/201506161023442003/|title=Belarus Tests Secretive Rocket Launcher System in China|website=[[スプートニク (通信社)|スプートニク]]|date=2015-06-16|accessdate=2017-06-22}}</ref><ref>{{cite web|url=https://udf.by/english/main-story/157376-belarusian-defence-industries-doubling-exports-and-launching-ballistic-missile-production.html|title=Belarusian defence industries: doubling exports and launching ballistic missile production|website=UDF.BY|date=2018-04-30|accessdate=2018-05-07}}</ref>するなどベラルーシを財政破綻の危機から救った中国とも軍事的経済的に密接な関係を築いた。そして、2008年9月の下院選に監視団を受け入れることで、これを機に[[西側諸国|西側]]との関係改善を図ろうとしたが、10月6日にプーチン首相がベラルーシを訪問。[[連邦国家]]実現へ向けての[[政策]]を実行することを確認した。これは、ロシアに西側への接近を引き止められたといえる。しかしながら、同月[[欧州連合|EU]]が[[民主化]]の兆しと下院選を評価し、[[経済制裁|制裁]]が一部解除されることとなった。制裁の解除により、2009年3月26日にはローマ法王[[ベネディクト16世]]との会談が実現した。(ただし、ルカシェンコは[[無神論者]]である<ref>{{Cite web|url= http://www.russiatoday.com/Top_News/2009-04-27/What_has_Aleksandr_Lukashenko_told_Benedict_XVI.html |title= Aleksandr Lukashenko's first European destination: the Vatican |website= RT |date= 2009-04-27 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= http://archive.fo/E04y |archivedate= 2012-09-08 }}</ref>)。
 
2010年6月にロシアの天然ガスをめぐる紛争が発生。紛争自体は数日で解決を見たが、両国関係には大きな傷がついたと思われた。しかし、ルカシェンコはすぐにロシア・カザフスタン・ベラルーシの三カ国で発足する予定だった[[関税同盟]]に参加を表明。関係修復を素早く行なった。「国を売らない」と公言していたルカシェンコであったが、ベラルーシ国内の反政府運動の激化と、ロシアとの対立で国家財政の重要な収入源である天然ガスの国内通過料が得られなくなる可能性が出てきたため、2011年12月、[[ユーラシア連合]]構想への参加を表明(後に[[ユーラシア経済連合]]に加盟する)。それと引き換えに天然ガスをロシアがベラルーシに「統合割引価格」で提供、そして、ロシアがベラルーシ国内のガスパイプラインを買い取るという協定を結んだ。これにより、ベラルーシ経済はロシアに掌握された格好となった<ref>{{Cite news
=== 対中関係 ===
|url= http://sankei.jp.msn.com/world/news/111209/erp11120923010012-n1.htm
ベラルーシは長らくロシアとの経済関係が強かったが、ルカシェンコは2013年に[[中華人民共和国国家主席]]に就任した[[習近平]]と個人的な関係を築き、ベラルーシにとって中国はロシアに替わる有力な経済的パートナーと見做されるようになった<ref>{{Cite news|url=https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/12/ac207c7e2cff1976.html|title=ベラルーシ政府、中国開発銀行から約5億ドルの借款受け入れ|agency=[[日本貿易振興機構]]|date=2019-12-16|accessdate=2020-07-30}}</ref>。
|title=【ソ連崩壊20年-解けない呪縛-】第6部 帝国再興の野望(2) 「欧州最後の独裁者」降伏
|newspaper= MSN産経ニュース
|date= 2011-12-09
|accessdate= 2012-02-20
|archiveurl= https://web.archive.org/web/20111209234153/http://sankei.jp.msn.com/world/news/111209/erp11120923010012-n1.htm |archivedate= 2011-12-09
}}</ref>。
 
2014年に表面化したロシアと[[ウクライナ]]の紛争では、両国の間に入って調停役に回っている<ref>{{Cite news|url= http://sankei.jp.msn.com/world/news/140827/erp14082710320002-n1.htm |title= 露・ウクライナ大統領が同席し首脳級会合 停戦へ歩み寄り難しく |newspaper= MSN産経ニュース |date= 2014-08-27 |accessdate= 2020-04-22 |archiveurl= https://web.archive.org/web/20140827180335/http://sankei.jp.msn.com/world/news/140827/erp14082710320002-n1.htm |archivedate= 2014-08-27 }}</ref>。
2013年にロシアが国営企業の民営化の遅れなどを理由にベラルーシへの資金援助を打ち切ったことを契機に、ルカシェンコは欧州進出を画策していた中国と15億ドルの経済投資協定を締結してベラルーシは財政破綻を回避した<ref>{{Cite news|url= https://www.sankei.com/world/news/130730/wor1307300004-n1.html |title= 中国に急接近の独裁国家ベラルーシ 「スラブの兄弟」露はいらだち |newspaper= 産経ニュース |date= 2013-07-30 |accessdate= 2020-04-22 }}</ref>。同時期に中国と[[シンガポール]]が開発した[[蘇州工業園区]]に倣って建設された{{仮リンク|中国-ベラルーシ工業園区|en|China-Belarus Industrial Park}}は中国にとって欧州進出の拠点となった<ref>{{cite news|url=https://www.epochtimes.jp/jp/2013/05/html/d52499.html|title=ベラルーシが「中国の砦」に 50億ドルの巨大都市建設 EU上陸拠点として|publisher=[[大紀元]]|date=2013年5月28日|accessdate=2019年9月04日}}</ref>。
 
2020年の大統領選挙では[[民間軍事会社]][[ワグナー・グループ]]の傭兵33人を容疑で逮捕し、騒乱を画策したとしてロシアを非難した<ref>{{Cite news|url=https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62305730V00C20A8000000/|title=ベラルーシ大統領「ロシアが嘘」 戦闘員は不安定化目的|agency=[[日本経済新聞]]|date=2020-08-05|accessdate=2020-08-05}}</ref>。
 
=== 対中関係 ===
ベラルーシは長らくロシアとの経済関係が強かったが、ルカシェンコは2013年に[[中華人民共和国国家主席]]に就任した[[習近平]]と個人的な関係を築き、ベラルーシにとって中国はロシアに替わる有力な経済パートナーと見做されるようになった<ref>{{Cite news|url=https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/12/ac207c7e2cff1976.html|title=ベラルーシ政府、中国開発銀行から約5億ドルの借款受け入れ|agency=[[日本貿易振興機構]]|date=2019-12-16|accessdate=2020-07-30}}</ref>。2013年にロシアが国営企業の民営化の遅れなどを理由にベラルーシへの資金援助を打ち切ったことを契機に、ルカシェンコは欧州進出を画策していた中国と15億ドルの経済投資協定を締結してベラルーシは財政破綻を回避した<ref>{{Cite news|url= https://www.sankei.com/world/news/130730/wor1307300004-n1.html |title= 中国に急接近の独裁国家ベラルーシ 「スラブの兄弟」露はいらだち |newspaper= 産経ニュース |date= 2013-07-30 |accessdate= 2020-04-22 }}</ref>。同時期に中国と[[シンガポール]]が開発した[[蘇州工業園区]]に倣って建設された{{仮リンク|中国-ベラルーシ工業園区|en|China-Belarus Industrial Park}}は中国にとって欧州進出の拠点となった<ref>{{cite news|url=https://www.epochtimes.jp/jp/2013/05/html/d52499.html|title=ベラルーシが「中国の砦」に 50億ドルの巨大都市建設 EU上陸拠点として|publisher=[[大紀元]]|date=2013年5月28日|accessdate=2019年9月04日}}</ref>。また、軍事的な関係も強めており、中国製武器の購入<ref>{{cite web|url=http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2016-07/01/content_38790802.htm|title=ベラルーシ、中国製ロケット砲を公開|website=[[中国網]]|date=2016-07-01|accessdate=2018-05-07}}</ref><ref>{{cite web|url=https://21stcenturyasianarmsrace.com/2017/07/09/the-belarusian-army-is-using-a-lot-of-chinese-hardware/|title=The Belarusian Army Is Using A Lot Of Chinese Hardware|website=21st Century Asian Arms Race|date=2017-07-09|accessdate=2020-04-22}}</ref>や[[弾道ミサイル]]を中国と共同開発している<ref>{{cite web|url=https://sputniknews.com/europe/201506161023442003/|title=Belarus Tests Secretive Rocket Launcher System in China|website=[[スプートニク (通信社)|スプートニク]]|date=2015-06-16|accessdate=2017-06-22}}</ref><ref>{{cite web|url=https://udf.by/english/main-story/157376-belarusian-defence-industries-doubling-exports-and-launching-ballistic-missile-production.html|title=Belarusian defence industries: doubling exports and launching ballistic missile production|website=UDF.BY|date=2018-04-30|accessdate=2018-05-07}}</ref>。ベラルーシの軍事パレードではソ連時代の[[ジル (自動車)|ジル]]の代わりに中国のパレードカー[[紅旗・L5]]を使って[[ロシア連邦軍]]とともに[[中国人民解放軍]]をベラルーシ軍と行進させている<ref>{{cite web|url=http://eng.belta.by/fotoreportage/view/independence-day-parade-in-minsk-113091-2018/|title=Independence Day parade in Minsk|website=BELTA|date=2018-07-03|accessdate=2018-07-04}}</ref><ref>{{cite web|url=http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2015-05/07/content_35510707.htm|title=中国のパレードカー、ベラルーシの閲兵式に登場|website=[[中国網]]|date=2015-07-05|accessdate=2016-08-21}}</ref>。
 
2015年8月の[[中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念式典]]に出席し、[[天安門広場]]を行進する[[ベラルーシ軍]]を閲兵した<ref>{{cite web|url=http://en.ctv.by/en/1441278907-alexander-lukashenko-takes-part-in-wwii-military-parade-in-beijing|title=Alexander Lukashenko takes part in WWII military parade in Beijing|website=CTB|accessdate=2016-08-22|archiveurl= https://web.archive.org/web/20180322020832/http://en.ctv.by/en/1441278907-alexander-lukashenko-takes-part-in-wwii-military-parade-in-beijing |archivedate= 2018-03-22}}</ref>。