「第30師団 (日本軍)」の版間の差分

編成事情
(編成事情)
 
|画像 =
|画像説明 =
|創設 = [[1943年]]([[昭和]]18年)[[5)5月14日]]
|廃止 = [[1945年]]([[昭和]]20年)
|再編成 =
|再廃止 =
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'''第30師団'''(だいさんじゅうしだん)は、[[1943年]]から[[1945年]]まであった[[大日本帝国陸軍]]の[[師団]]の一つ。
 
==沿革==
[[1943年]](昭和18年)5月14日に[[軍令]]陸甲第41号によって臨時編成が命じられた。既存の師団から歩兵連隊を1つずつ移して3個連隊の師団としたものである<ref>戦史叢書『陸軍軍戦備』、376頁。</ref>。[[歩兵第41連隊]]は[[第5師団 (日本軍)|第5師団]]から、[[歩兵第74連隊]]は[[第19師団 (日本軍)|第19師団]]から、[[歩兵第77連隊]]は[[第20師団 (日本軍)|第20師団]]から編入した。
[[1943年]]5月に新設された。[[1944年]]8月、南方に転用され[[第35軍 (日本軍)|第35軍]]に編入。[[フィリピン]]・[[ミンダナオ島]]守備を担当した。[[レイテ島の戦い]]に投入され大きな損害を受け、さらに[[ミンダナオ島の戦い]]での過酷な持久作戦を遂行し終戦を迎えた。
 
[[1943年]]5月に新設された。[[1944年]]8月、南方に転用され[[第35軍 (日本軍)|第35軍]]に編入。[[フィリピン]]・[[ミンダナオ島]]守備を担当した。[[レイテ島の戦い]]に投入され大きな損害を受け、さらに[[ミンダナオ島の戦い]]での過酷な持久作戦を遂行し終戦を迎えた。
 
== 師団概要 ==
*福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
*外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
*防衛庁[[防衛研究所|防衛研修所]]戦史部『陸軍軍戦備』(戦史叢書)、朝雲新聞社、1979年。
 
==関連項目==
27,208

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