「ひかりごけ事件」の版間の差分

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'''ひかりごけ事件'''(ひかりごけじけん)は、[[1944年]]5月に、現在の[[北海道]][[目梨郡]][[羅臼町]]で発覚した[[死体遺棄|死体損壊]][[事件]]。[[大日本帝国陸軍|日本陸軍]]の[[焼津港の徴用船|徴用船]]が難破し、真冬の[[知床岬]]に食料もない極限状態に置かれた船長が、仲間の船員の遺体を食べて生き延びたという事件である
 
[[カニバリズム|歴史上、食人]]が公に明らかになった事件歴史上度々発生しびたびみられるが、この事]]本件はそれにより刑を科せられた初めての事件とされている。一般には「唯一裁判で裁かれた食人事件」といわれるが、[[日本]]の[[刑法]]に食人に関する規定がないため、[[釧路地方裁判所|釧路地裁]]にて死体損壊事件として処理された。
 
名称は、この事件を題材とした[[武田泰淳]]の小説『[[ひかりごけ]]』に由来する。なお、武田はを行った船長と接触したことはなく、小説は本事件をモチーフとした作品である
 
== 経緯 ==
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