「戊辰戦争」の版間の差分

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その後、新政府軍は旧幕府軍を追撃して、[[4月6日 (旧暦)|閏4月6日]]([[5月27日]])から翌日のかけての[[五井戦争]]でも勝利を収めた。
 
一方、鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍の総督であった大多喜藩主の松平正質は徳川慶喜から江戸城登城を禁止された後、本国に帰国して謹慎状態にあったが、[[4月11日 (旧暦)|閏4月11日]]に[[大多喜城]]を無血開城した。大多喜城は佐倉藩(後に三河吉田藩)に接収され、藩主松平正質も佐倉に幽閉されたが、藩主や家臣が新政府軍に抵抗せずに城を明け渡したことが考慮され、正質は8月19日に所領を回復、10月23日には官位も元に戻され、事実上処分を免ぜられて藩の存続が認められた{{sfn|水谷憲二|2011|p=194-197}}。
 
ところが、同じ頃、木更津に逃れていた旧幕府軍の[[遊撃隊 (幕府軍)|遊撃隊]]の誘いを受けた[[請西藩]]主・[[林忠崇]]が[[4月3日 (旧暦)|閏4月3日]]に自ら[[脱藩]]して遊撃隊に合流してしまうことになる。
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