「合唱交響曲」の版間の差分

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めらる
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== 歴史 ==
[[File:Beethoven.jpg|thumb|upright|alt=灰色の長髪の男性がペンと楽譜を手にしている。|[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン]]は[[交響曲第9番 (ベートーヴェン)|交響曲第9番]]に歌詞と声楽を導入することによって交響曲というジャンルを再定義した<ref name="bonds24837"/>。]]
交響曲は18世紀末までに最も権威ある器楽ジャンルとして確立された<ref name="bonds24835"/>。その100年を通じて相当な熱意を注がれて発展し、多種多様な場面で登場していた頃には、演奏会の開始や締めの作品として用いられることが一般的で、中間には声楽や器楽の独唱者が必要な楽曲が置かれていた<ref name="laruewolf24812">Larue and Wolf, ''New Grove'' (2000), 24:812</ref>。注意を向けるべきテクストを欠いているが故に、交響曲は社会的、道徳的、知的な発想のための作品というよりも娯楽的な伝達手段と見られた<ref name="bonds24835"/>。規模と芸術的重要性が高まり、一部は[[ヨーゼフ・ハイドン|ハイドン]]、[[ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|モーツァルト]]、ベートーヴェンがこの形式に注いだ努力の結果として、交響曲はより大きな権威を集めるようになる<ref name="laruewolf24812"/>。時を同じくして器楽音楽に対する一般的な態度の変化が生じ、かつては不利な条件と看做されたテクストの欠如が長所であると考えらるようになった<ref name="bonds24835">Bonds, ''New Grove (2001)'', 24:835.</ref>。
 
1824年、ベートーヴェンはこれまで器楽の分野であったところにテクストと声楽を導入した[[交響曲第9番 (ベートーヴェン)|交響曲第9番]]により、交響曲というジャンルを再定義した。彼のこの行いが交響曲の将来に関する議論を巻き起こすことになる<ref name="bonds24837"/>。[[リヒャルト・ワーグナー]]によれば、ベートーヴェンは言葉を用いることで「純器楽音楽の限界」を示し「重要なジャンルであった交響曲の終焉」を刻んだのだという<ref>As cited in Bonds, ''New Grove'' (2000), 24:837.</ref>。他の者はいかに進むのか - 合唱付きのフィナーレを擁する交響曲を書いて第9に負けんとすべきか、または純粋な器楽的流儀に則り交響曲の分野を発展させていくべきか - わからずにいた<ref name="bonds24837">Bonds, ''New Grove (2001)'', 24:837.</ref>。[[音楽学者]]のマーク・エヴァン・ボンズの言によれば、最終的に交響曲は「すべてを包含する、音のみからなる範疇を超越した宇宙的ドラマである」と看做されるようになっていく<ref name="bonds24838">Bonds, ''New Grove (2001)'', 24:838.</ref>。
== 標題的意図 ==
[[File:OldCity07.JPG|thumb|alt=石造りの大きな壁の中に作られたアーチ道と門。|エルサレムの[[ヤッフォ門]]。ペンデレツキの交響曲第7番は『エルサレムの7つの門』という副題を持ち、「様々なレベルで『7』という数字に満たされている<ref name="whitehouse"/>。」]]
近年の作品には交響曲の形式よりも標題的な意図に多くの注意を払ったものがある。[[ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ]]は[[アンナ・ゼーガース]]著の小説『{{仮リンク|第七の十字架|en|The Seventh Cross}}』を構造の骨組みとして、1997年に7楽章からなる[[交響曲第9番 (ヘンツェ)|交響曲第9番]]を作曲している。小説は[[ナチズム|ナチス]]の収容所からの7人の避難者のフライトに関する物語で、7つの十字架は7つの死刑宣告文を象徴している。ひとりの収容者が苦難を超えて自由を手にする箇所がテクストの山場となっている<ref>Schluren, notes to EMI 56513, 13.</ref>。ペンデレツキの交響曲第7番『エルサレムの7つの門』は当初[[オラトリオ]]として着想された。この作品は7楽章で書かれているのみならず、音楽学者のリチャード・ホワイトハウスによれば「様々なレベルで『7』という数字に満たされている<ref name="whitehouse"/>。」7音からなるフレーズの仕組みを広範に用いること、そして同じ高さの音の7回反復を頻繁に行うことで作品がまとめらる<ref name="whitehouse"/>。最後は[[強弱法|フォルティッシモ]]で奏される7つの和音により作品は閉じられる<ref name="whitehouse">Whitehouse, notes to Naxos 8.557766, 2.</ref>。
 
1999年に完成されたフィリップ・グラスの交響曲第5番は『レクイエム, 詩人, 顕現』という副題を持ち、その標題的意図を満たすために12の楽章を備える。グラス自身は次のように書いている。「この交響曲への私の計画は、多くの世界の偉大な『英知』の伝統を広い範囲で示すこと」であり<ref name="glass5"/>、「世界の創造以前に始まり、地球の生命と楽園を通り抜け、未来の献辞で締めくくられる声楽のテクスト」を生み出した<ref name="glass5"/>。21世紀のはじまりにあたる千年期は過去、現在と霊的な再生を繋ぐ象徴的架け橋になると考えているとグラスは記している<ref name="glass5"/>。
同様に、リストがダンテ交響曲の最後にも合唱を加えたことにより、作品の構造と標題的意図が変質を遂げた。リストは作品を『[[神曲]]』の構造に沿わせ、交響曲を3楽章制として各々を「地獄篇」、「煉獄篇」、「天国篇」とするつもりだった。しかし、リストの娘婿にあたる[[リヒャルト・ワーグナー]]に、地上の作曲家には楽園の歓びを忠実に表現することはできないと説得される。これによりリストは第3楽章をやめにして、代わりに第2楽章の結尾部に合唱要素となる「マニフィカト」を付け加えた<ref>Shulstad, 220.</ref>。サールが主張するには、この行動により作品の形式的均衡は効果的に破壊され、聴衆は[[ダンテ・アリギエーリ|ダンテ]]のように天国の高みに向かって天を見つめ、彼方からのその音楽を聴くことになるという<ref>Searle, "Liszt, Franz", ''New Grove'', 11:45.</ref>。シュルスタッドが論じるには、最後の合唱により楽園へ至るためのもがきから解放されて、本作の物語の軌跡が完成することを助けているという<ref name="bonds24838"/>。
 
反対に、テクストの存在が合唱交響曲の誕生への閃きとなり、標題的な焦点が変化したことで作品が純器楽的な楽曲として完成されることもある。ショスタコーヴィチは元々、[[交響曲第7番 (ショスタコーヴィチ)|交響曲第7番]]を自身の[[交響曲第2番 (ショスタコーヴィチ)|交響曲第2番]]や[[交響曲第3番 (ショスタコーヴィチ)|第3番]]のような単一楽章の合唱交響曲として計画していた。ショスタコーヴィチは[[:s:詩篇 (口語訳)#第9篇|詩篇第9篇]]をテクストに用い、罪なき血が流されたことに対する復讐を題材に採るつもりであったと伝えられる<ref name="volktest184">Volkov, ''Testimony'', 184; Arnshtam interview with Sofiya Khentova in Khentova, ''In Shostakovich's World'' (Moscow, 1996), 234, as quoted in Wilson, 171–172.</ref>。これを行うにあたり彼はストラヴィンスキーから影響を受けており、深い感銘を受けた『詩篇交響曲』に匹敵する作品を作ろうとこの作品に取り組んだ<ref name="volkss175">Volkov, ''Shostakovich and Stalin'', 175.</ref>。詩篇第9篇のテーマはスターリンの圧政に対するショスタコーヴィチの義憤を伝えるものではあったが<ref name="vosp427">Volkov, ''St. Petersburg'', 427.</ref>、ドイツ軍の侵攻以前にはそのようなテクストを伴う楽曲の公開演奏を行うことは不可能な状態だった。[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]による侵略は、少なくとも理屈の上でそのような作品の発表を可能にした。「血」への言及を、公の意味としてであればヒトラーに関連付けることが出来たからである<ref name="vosp427"/>。スターリンがソビエトの愛国的、宗教的情緒に訴えかけていたため、権力者は[[ロシア正教会|正教会]]を主題に取ることや想起させることに対する抑圧をもはや行っていなかった<ref>Volkov, ''St. Petersburg'', 427–428.</ref>。にもかかわらず、ショスタコーヴィチは自作がこの象徴性を大きく超えてしまうとやがて悟ることになる<ref name="stsy557">Steinberg, ''The Symphony'', 557.</ref>。そこで彼はこの交響曲を伝統的な4楽章制に拡大し、純器楽作品としたのであった<ref name="stsy557"/>。
 
=== テクストを使用しない表現での代替 ===
* De la Grange, Henry-Louis, ''Mahler: Vienna: Triumph and Disillusionment (1904–1907)'' (Oxford and New York: Oxford University Press, 1999). {{ISBN|0-19-315160-X}}.
* Franklin, Peter, "Mahler, Gustav", ''The New Grove Dictionary of Music and Musicians'', second edition, edited by Stanley Sadie and John Tyrrell (London: Macmillan Publishers, 2001), 29 vols. {{ISBN|0-333-60800-3}}.
* {{cite news|author=Freed, Richard|title=Symphony No. 7 – A Toltec Symphony, program notes|publisher=[[ジョン・F・ケネディ・センター|The Kennedy Center]]|date=January 2005 |url=https://www.kennedy-center.org/artist/composition/2851|accessdate=14 December 2019}}.
* {{cite news|author=Glass, Philip|title=Notes by Philip Glass on his Fifth Symphony.|work=Nonesuch 79618-2|year=1999|url=http://www.philipglass.com/music/recordings/symphony_5.php|accessdate=2009-04-05|url-status=dead|archiveurl=https://web.archive.org/web/20070611120123/http://www.philipglass.com/music/recordings/symphony_5.php|archivedate=2007-06-11}}
* Henze, Hans Werner, Christoph Schlüren and Hans-Ulrich Treichel, notes to EMI 56513, ''Henze: Symphony No. 9'', [[ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団|Berlin Philharmonic]] conducted by [[インゴ・メッツマッハー|Ingo Metzmacher]] (London: EMI Corporation, 1998).