「アーサー・ブラウン」の版間の差分

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{{Infobox Musician <!--Wikipedia:ウィキプロジェクト :音楽家を参照-->
| Name = アーサー・ブラウン<br />Arthur Brown
| Img = The Crazy World of Arthur Brown (15559408036).jpg
'''アーサー・ブラウン'''('''Arthur Brown'''、[[1942年]][[6月24日]] - )は、華やかで大仰なパフォーマンスと力強く幅広いオペラボイスで知られるイギリスの[[ロック (音楽)|ロック]]シンガーソングライター。そのボーカル・スタイルと狂気じみたステージ上のペルソナとコンセプトで幅広いミュージシャンに大きな影響を与えてきた。彼は[[ショック・ロック]]と[[プログレッシブ・ロック]]のパイオニアであると考えられており、[[ヘヴィメタル]]音楽にも影響を与えている。
 
ブラウンは様々なグループのリードシンガーで、最も注目すべき[[クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン]]と[[キングダム・カム (アーサー・ブラウン)|キングダム・カム]]、そして[[ホークウインド|ホークウィンド]]、[[ザ・フー]]、[[ジミ・ヘンドリックス]]、[[クラウス・シュルツェ]]そして[[フランク・ザッパ]]との関係が続いている。
 
彼は1968年のシングル「Fire(ファイアー)」で最もよく知られており、イギリスのシングルチャートとカナダで1位、米[[ビルボード]]100で2位に達した<ref>{{Cite web|url=http://www.theofficialcharts.com/all_the_no1_songs.php?show=2|title="Crazy World of Arthur Brown - Full Official Chart History".|accessdate=201904252019-04-25|publisher=}}</ref>。親アルバム『クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン』は英チャート2位、米チャート7位。
 
キングダム・カムのアルバム『ジャーニー(1973)』は「振り返ってみるとドラムマシンを使用した最初のロックレコードの1つとして最もよく知られていたが、1973年にはまだまったく目新しかった」<ref>{{Cite web|title=Journey - Arthur Brown's Kingdom Come, Arthur Brown {{!}} Songs, Reviews, Credits|url=https://www.allmusic.com/album/journey-mw0000320953|website=AllMusic|accessdate=2019-04-25|language=en-us}}</ref>。
※wikipediaの[[クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン]]も参照のこと
 
Foundationsが{{仮リンク|Pye Records|en|Pye Records}}と契約を結ぶまでに、ブラウンはグループを離れて自身のバンド、[[クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン]]を結成した。バンドは{{仮リンク|ヴィンセント・クレイン|en|Vincent Crane}}(ハモンドオルガンとピアノ)、ドレイチェン・シーカー(ドラム)とニコラス・グリーンウッド(ベース)という構成だった。ブラウンは、1967年のウィンザーフェスティバルでの初登場時にメタノールに浸した頭蓋骨をかぶっていたときのように、燃える金属製のヘルメットの使用を含む異例の公演ですぐに評判を得まる。偶然に彼の頭の上に注がれた燃料は発火した。傍観者はブラウンの頭にビールを注ぐことで炎を消し、重傷を防いだ。燃えるような頭はアーサーブラウンの象徴となった。時には1970年7月にイタリアのシチリアで開催されたパレルモポップ70フェスティバルでも演奏中に全裸になり、そこで逮捕され、国外追放された。彼はまた彼がステージ上でしていた極端なメイクアップで注目さた。それは後に[[アリス・クーパー|アリスクーパー]]や[[キッス|Kiss]]のステージに反映されることになる。<ref name=":1">{{Cite web|url=https://www.rollingstone.com/music/features/arthur-brown-on-shock-rock-hendrix-close-calls-with-fire-w463039|title="Arthur Brown on Shock Rock, Hendrix, Close Calls With Fire"|accessdate=2019年4月25日|publisher=}}</ref><ref>{{Cite web|url=https://noisey.vice.com/da/article/695kpv/crazy-world-of-arthur-brown-interview|title="The God of Hellfire Speaks: 73 Years Inside the Crazy World of Arthur Brown".|accessdate=2019年4月25日|publisher=}}</ref>彼はまた強力なオペラ調バリトン声と高いピッチのスクリームで有名だった。
 
1968年までに、デビューアルバム、『クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン』は大西洋の両側でヒットとなった。[[ザ・フー]]のマネージャーである[[キット・ランバート]]によってプロデュースされ、[[ピート・タウンゼント]]によってトラックレコードでエグゼクティブプロデュースされた、ランバートとクリス・スタンプによって始められたレーベルは、同様に驚くべきヒットシングル『Fire』をスピンオフし、同様に奇妙なショーマンである[[スクリーミン・ジェイ・ホーキンス]]による「I Put a Spell on You」のバージョンを含んでいた。『Fire』は100万部以上を売り上げ、そしてゴールドディスクを授与された。<ref>Murrells, Joseph (1978). The Book of Golden Discs (2nd ed.). London: Barrie and Jenkins. p. 236. ISBN 0-214-20512-6.</ref>それ以来、その曲のオープニングの一節「私はヘルファイアの神だ」が他の多くの場所、特にProdigyの1992年の絶賛の歌「Fire」でサンプリングされているのを目にした。
 
== 外部リンク ==
* [http://www.arthur-brown.com/ 公式ウェブサイト]
* [http://thegodofhellfire.com/ The God of Hell Fire Official website]
 
{{Normdaten}}
 
{{DEFAULTSORT:ふらうん ああさあ}}
[[Category:1942年生]]