「林口県」の版間の差分

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== 歴史 ==
林口の地名は[[満州国]]時代の[[1936年]]([[康徳]]3年)、[[図佳線]]が敷設され'''林口駅'''が設置されたことに始まる。その後[[林密線]]が敷設されると鉄道乗換駅としての重要性が高まった。[[1939年]](康徳6年)6月1日、[[勃利県]]・[[密山県]]・[[穆リョウ市|穆棱県]]の県境地域に'''林口県'''を新設、[[東安省]]の管轄とした。その後[[1943年]](康徳9年)10月に[[東満総省]]、[[1945年]](康徳12年)5月に[[東満省]]に移管された。
 
日本の敗戦と満州国の崩壊により[[中華民国]]の施政権が復活、しかし[[国共内戦]]により[[中国共産党]]の実効支配地域となっていた県域は[[中国共産党革命根拠地|解放区]]が設置され[[1946年]]4月に[[綏寧省]]の管轄に置かれた。同年5月、林口県よ牡丹江市[[五河林区]]を統合し[[五林県]]を新設、同年10月には[[牡丹江専区]]に移管された。[[1947年]]2月、五林県が解体され林口県を再設置、[[松江省 (中国共産党)|松江省]]の管轄とされ、[[1954年]]8月には松黒両省の統合に伴い[[黒竜江省]]に移管された。
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