「マリネラ (舞踊)」の版間の差分

m
さた → された
m (さた → された)
 
| cultural_origins = {{flagicon|Peru}} [[ペルー]]共和国
| instruments = {{hlist|[[ギター]]|[[カホン]]|[[金管楽器]]}}
| derivatives = {{hlist|[[クエーカ|クエカ]]|[[サンバ (アルゼンチン)|アルゼンチンサンバ]]}}
| subgenres =
| subgenrelist =
| fusiongenres =
| regional_scenes = {{hlist|ノルテーニャ(北部様式)|リメーニャ(リマ様式)|セラーナ(アンデス様式)"プーノ・アレキパ・アヤクチョ等"|}}
| local_scenes =
| other_topics =
現在では主な説として、
 
* ペルー先住民の民俗舞踊起源説
 
* スペインの社交ダンスが形を変えたものであるとするスペイン起源説
 
* 労働力として連れてこられたアフリカ人の踊りが起源であるとするアフリカ人起源説
 
が挙げられる。
 
ペルーの歴史家ロムロ・ビダル(Rómulo Cúneo Vidal)Vidal)は、ペルー北部沿岸地域の遺跡でサマクエカを踊っているような人間の土器が出土されている点などから、サマクエカの原型はプレインカ時代を含むインカ時代全体を通して存在していたと主張し、ペルー先住民の土着的な民俗舞踊起源説を支持している。だが、現在踊られているマリネラのリズムや衣装、様式などは明らかにアフリカやスペイン的特徴が認められる。そのため先述の通り、サマクエカの起源は諸説あるが、直接の起源は不明であるにしても、これらペルー先住民文化やアフリカ系黒人文化、スペイン文化がいつの間にか混ざり合い発展し、今日のマリネラにつながっていることは疑いようがない。
 
===南米への広がりとマリネラという名称===
 その後、サマクエカはリマ庶民の間にとどまらず、ペルー全域、果てはアルゼンチンやボリビア、チリまで広まり、南米各地で大流行した。アルゼンチンでは「[[サンバ (アルゼンチン)|サンバ]]」([[サンバ (アルゼンチン)|zamba]])、そしてチリにおいては「クエカ([[クエッカ]])」と呼ばれるようになり、特にチリでは大流行し独自に発展を遂げた。後にこの「クエカ([[クエッカ]])」はチリ風のクエカを意味する「クエカ([[クエッカ]])・チレーナ」もしくは単に「チレーナ」と呼ばれるようになった。この「チレーナ」がペルーに再度伝わりペルーで大流行することになるのである。しかし、19世紀後半にペルー・ボリビア連合とチリは太平洋沿岸の資源地帯(おもに硝石)を巡って対立し、[[太平洋戦争 (1879年-1884年)|太平洋戦争(1879年-1884年)]]が勃発してしまう。
 
チリによる宣戦布告前、すでにペルーの同盟国であったボリビアの港であるアントファガスタを軍事占領していた敵国であるチリの名前がついた「チレーナ」という名は、ペルー発祥の伝統舞踊の名に好ましくないという理由で、エル・トゥナンテ(El Tunante)Tunante)というペンネームで知られるジャーナリストで作家のアベラルド・ガマラ(Abelardo Gamarra)が、1879年3月8日ペルーのエル・ナシオナル紙(El Nacional)コラム「クロニカ・ロカル(Crónica local)」において、チレーナと呼ばれていた踊りを'''マリネラ'''(スペイン語で水兵の意)とすべきだと訴える記事を執筆した。
 
{{Quotation|[[ファイル:Abelardo Gamarra El tunante.jpg|thumb|right|アベラルド・ガマラ(エル・トゥナンテ)]]
 
名前には、このような理由があります。
 
 
 
第一に、この名の誕生の時期は、チリ海軍によるアントファガスタ占領を記念するものになるでしょう。
 
 
そして、この名は戦闘に進軍するペルー海軍の喜びとなるでしょう。
 
 
また、その舞踊の優雅な揺れは、荒波の上に揺れる船を思い起こすことでしょう。
 
 
そしてもし、この名が実現したならば、この舞踊は曲のフーガ(最高潮)には、まるで2つの艦隊による海戦のごとく凄まじく、また迫力に満ち、人々を魅了することでしょう。
 
 
 
これらすべて海軍にまつわる理由から、この新しい舞踊をチレーナではなくマリネラ(水兵)と呼ぶのです。
 
 
 
名前さえ変わればよいという事ではありません。それよりも、今や我がペルーの作曲家や作詞家たちはこの新しい音楽が、新しい舞踊が、ペルーの街中に飛び回り溢れんとするために大忙しなのです。それは、かつてチレーナと呼ばれたものがそうであったように、そして、そのかつての名を永遠の眠りにつかせんとするために'''[...]。<ref>[https://kikuta-marinera.blogspot.com/2020/08/marinera-historia-nombredemarinera.html 白いハンカチに恋して ”ペルー伝統舞踊マリネラ情報ブログ ”]、マリネラの歴史あれこれ”マリネラという名称”</ref>}}
 
 
[[ファイル:M Grau(2).jpg|thumb|right|ミゲル・グラウ提督]]
そして、その1週間後の15日には同じエル・ナシオナル紙にホセ・アルバラード(José Alvarado)作詞・作曲の「シルエラス・デ・チレ/Ciruelas de Chile」(シルエラとは西洋スモモのこと)が掲載された。
 
一方、歌とピアノの伴奏によって構成された最初のマリネラは、1899年エル・トゥナンテ(アベラルド・ガマラ)の作詞、ホセ・アルバラードの作曲で発表された「ラ・コンチャ・デ・ペールラ/La Concha de perla」(真珠貝という意味)である。その楽譜はロサ・メルセデス・アヤルサ(Rosa Mercedes Ayarza)によって書き起こさた。
この「ラ・コンチャ・デ・ペールラ」は後に、タイトルを口語風に省略した「ラ・コンチェペールラ/La Concheperla」という愛称となって広まり、現在ではこの愛称が一般的に用いられる。
この「ラ・コンチャ・デ・ペールラ(ラ・コンチェペールラ)」が今日の様式化されたマリネラに決定的な影響を与えたため、この楽曲が事実上最初のマリネラであると言われている。
ペルーでは各地域でそれぞれのスタイルとしてのマリネラが発展していくが、1960年から始まったコンクール化によって決定的な地位を築いたのが、北部海岸地方様式のマリネラ・ノルテーニャであり、現在ではペルーを代表する国民的舞踊となっている。現在このマリネラ・ノルテーニャは首都リマをはじめペルー国内に留まらず世界各国でコンクールが開催されている。また、今では多くのコンクールにおいて、本来の男女ペアの踊りだけでなく、グループで振付を決めて演技、表現するコレオグラフィー部門もあり、これはマリネラの新たな境地を開拓するものとなっている。
 
1986年1月30日、マリネラの各地域スタイル全ての舞踊形式および音楽形式が、ペルー国立文化研究所(INC)(INC)によってペルーで初めての無形文化遺産と定められた。
 
1986年1月30日、マリネラの各地域スタイル全ての舞踊形式および音楽形式が、ペルー国立文化研究所(INC)によってペルーで初めての無形文化遺産と定められた。
 
また、2011年より日本でもコンクールが開催されるようになり、2020年現在では横浜、名古屋、大阪、京都などで毎年コンクールが開催されている。
マリネラは、ペルーの各地域に様々なスタイルが存在するが、大きく以下の3つに大別できる。
 
* ペルー北部海岸地方[[トルヒーリョ (ペルー)|トルヒーヨ]]のスタイルである「ノルテーニャ」
 
* 首都である[[リマ]]のスタイルである「リメーニャ」
 
* アンデス山岳地方([[プーノ]]・[[アヤクーチョ]]・[[アレキパ]]等)のスタイルである「セラーナ」
 
※厳密にはセラーナという踊りは無く、山岳地方のそれぞれのスタイルの総称である。
 
 
マリネラの全体的な特徴としては基本的に男女ペアで踊り、ペアダンスでは世界的に珍しく女性がリードし、他のペアダンスのように手をつないだり密着したりせず、男女独立して踊るダンスである点が挙げられる。
 
本来の楽曲としてはギターや[[カホン]]の演奏と共に歌う音楽が伝統的だが、この伝統的なギターやカホンの演奏と歌のある音楽を「カンターダ(Cantada)」と呼び、対して歌が無くブラスバンドで演奏される音楽を「バンダ」と呼ぶ。
主にコンクールで使用される楽曲は「バンダ(Banda)(Banda)」様式であり、カンターダは、コンクールで使用される場合もあるが、主にショーやエキシビション、パーティーなど特別な場面で使用される。
 
マリネラ・ノルテーニャの大きな特徴としては、
 
* 女性は必ず裸足で踊らなければいけない
 
* 男性はソンブレロと呼ばれる伝統的なつばの大きな帽子を使う
 
* 他のスタイルと比べて動きが大きく躍動的である
 
* 競技ダンスとして非常に発展しており、世界中でコンクールが開催されている
 
以上の点が挙げられる。
男性はスタイルによって靴を履く場合と裸足の場合がある。また、男女ともサパテオ(Zapateo)と呼ばれるかなり激しい足の動きが求められる。特に男性は激しいサパテオが要求され、その激しい動きは馬を模しており、実際に馬に乗った男性と、女性が踊るカバージョ・デ・パソ([[Caballo de Paso]])という踊りもペルーに存在している。
 
踊りの構成は、初め落ち着いた調子で踊り、フーガ(Fuga)またはトリウンフォ(Triunfo)(Triunfo)と呼ばれる曲が盛り上がるタイミングからサパテオを伴った躍動的な踊りとなる。同じ曲が2度流されて1セットである。
 
 
マリネラ・ノルテーニャは、60年にわたるコンクールによってペルーの他の踊りには見られないほどに常に進化し洗練され続けている。これほどまでに様式化し洗練されているダンスはラテンアメリカの中でもあまり見受けることができない。
服装は男女ともパーティースタイルである。女性はひざ下まであるパーティードレスにヒールを履き、髪は後ろに1つにまとめ、花飾りを付け、男性は一般的なスーツにネクタイを締め、革靴を履くのが一般的である。ノルテーニャと違い必ず歌と演奏(カンターダ/Cantada)を伴って踊る。
 
構成は第1・第2・第3ハラナ(Jarana)にレスバロサ(resbalosa)またはフーガ(Fuga)(Fuga)となっており、後半につれて曲調が早くなり情熱的に踊られる。
 
リマ周辺ではノルテーニャ同様、コンクールがよく開催されている。
マリネラ・セラーナとはペルーのアンデス山岳地方で踊られている様々なマリネラのスタイルの総称である。主に
 
* プネーニャ(プーノ県)
 
* アレキペーニャ(アレキパ県)
 
等がある。他にもクスコ県、アヤクーチョ県、アンカシュ県、カハマルカ県でも地域独自のスタイルが存在する。
 
==マリネラ世界大会(ノルテーニャ)==
マリネラ・ノルテーニャの世界大会を主催しているのはラ・リベルタ県トルヒーヨ市にある、クルブ・リベルタ(Club Libertad) http://www.clublibertad.com.pe/ 
という民間団体で、このクルブ・リベルタから認可をうけた支部のことをフィリアル(FILIAL)と言い、毎年コンクールの開催が義務付けられている。この各フィリアルが主催しているコンクールはセレクティーボ(予選会)と呼ばれており、それは優勝したペアに世界大会のシード権が与えられるためである。このセレクティーボ(予選会)は日本も含む世界各地で行われている。
 
ペルー国外で開催されるセレクティーボでは、主に過去に世界大会で優勝したチャンピオンが審査員として支部に派遣され、彼らの審査によって各支部のチャンピオンが決定される。
 
 
このクルブ・リベルタの支部は世界各地に存在しており、ペルー国外の支部は
※以前はすべてのセレクティーボ優勝者は第1決勝からの出場が認められていたが、2018年より競技者の多い北米と欧州において各国で開催されるセレクティーボとは別に大陸予選が開催されるようになり、この大陸予選優勝ペアは世界大会の第2決勝から、2位及び3位ペアは第1決勝からの出場が認められるようになった。)
 
マリネラ世界大会は、1960年から毎年開催されており、毎年1月にペルー北部ラ・リベルタ県の県都トルヒーヨ市中心部にあるGRAN CHIMU(CHIMU(グラン・チムー)と呼ばれる屋内の競技場で行われる。
 
使用される曲はコンクール開始1週間前の公式練習にてに発表される(約60曲~80曲程度)。2018年大会は66曲、2019年大会は69曲、2020年は67曲であった。
マリネラ世界大会およびその予選であるセレクティーボは年代別に以下のカテゴリーに分けられる。※()内は2020年世界大会での規定。
 
* '''PRE INFANTE/プレ・インファンテ'''(幼児部門) ~6歳まで (2014年以降生まれ)
 
* '''INFANTE/インファンテ'''(小児部門) 7歳~9歳まで (2011~2013年生まれ)
 
* '''INFANTIL/インファンティル'''(児童部門) 10歳~13歳まで (2007~2010年生まれ)
 
* '''JUNIOR/フニオル''' 14歳~17歳まで(ジュニア/年少部門) (2003~2006年生まれ)
 
* '''JUVENIL/フベニル''' 18歳~21歳まで(ユース/青年部門) (1999~2002年生まれ)
 
* '''ADULTO/アドゥルト''' 22歳~34歳まで(アダルト/大人部門) (1986~1998年生まれ)
 
* '''SENIOR/セニオル''' 35歳~49歳まで(シニア/壮年部門)(1971~1985年生まれ)
 
* '''MASTER/マステル''' 50歳~62歳まで(マスター/名人部門) (1958~1970年生まれ)
 
・'''ORO/オロ''' 63歳以降(ゴールデン/高齢者部門)(1957年以前生まれ) ※2018年大会から新設
 
* '''ORO/オロ''' 63歳以降(ゴールデン/高齢者部門)(1957年以前生まれ) ※2018年大会から新設
 
また、年代以外に以下のカテゴリーも存在する。
 
* '''UNIDAD/ウニダ'''  ダウン症など障害者部門
 
・'''NOVELES/ノベレス''' (ビギナー/初心者部門) 今までにクルブリベルタや各フィリアル主催のあらゆる大会で優勝したことが無い者(ただしジュニアの年齢まで)
 
* '''NOVELES/ノベレス''' (ビギナー/初心者部門) 今までにクルブリベルタや各フィリアル主催のあらゆる大会で優勝したことが無い者(ただしジュニアの年齢まで)
・'''COREOGRAFIA/コレオグラフィア''' (コレオグラフィー部門/グループ演技部門) 各アカデミーやグループでテーマやストーリーを決めて踊る団体演舞
 
* '''COREOGRAFIA/コレオグラフィア''' (コレオグラフィー部門/グループ演技部門) 各アカデミーやグループでテーマやストーリーを決めて踊る団体演舞
 
* '''CAMPEON DE CAMPEONES/カンペオン・デ・カンペオネス''' (チャンピオンのチャンピオン部門) 世界大会優勝経験者のみ参加できる。
必ずしも優勝した時のペアと一緒でなくても良い。このカテゴリで3回優勝すると殿堂入りし、あらゆるコンクールの出場資格がなくなる。(※殿堂入りとなった者は受勲者という意味のスペイン語で女性はLaureada(ラウレアーダ)男性はLaureado(ラウレアード)と呼ばれる。)
 
 
===世界大会の日程===
世界大会は、毎年1月の最終日曜日を最終日とする1週間にわたって開催される。2017年までは月曜から日曜の7日間だったが、2018年以降は参加者の増加に伴い、日曜から日曜の8日間かけて行われている。 (2020(2020年第60回大会はペルー共和国の統一地方選挙の影響により例外的に2月2日から9日にかけて開催された。次回2021年大会は1月24日から31日にかけて開催予定である。)
 
2018年以降の世界大会日程
日本におけるマリネラコンクールは2011年10月29日愛知県小牧市にて開催されたマリネラコンクール”SACACHISPAS"が最初である。
ただし、この”SACACHISPAS"は世界大会を主催するCLUB LIBERTAD(クルブ・リベルタ)の支部ではないため、世界大会出場者選考会(セレクティーボ)としての機能を持った大会ではなかった。
世界大会出場者選考の選手権大会(セレクティーボ)として日本で初めて開催されたマリネラコンクール・セレクティーボは2012年3月11日東京都港区で開催されたClub Libertad Filial Tokio(Tokio(クルブ・リベルタ東京支部)主催のものが最初である。
 
===日本におけるクルブ・リベルタのフィリアル(支部)===
===その他マリネラのコンクール・イベントを主催している団体===
 
日本で初めてのコンクールを開催した名古屋の”SACACHISPAS(サカチスパス/Asociación Cultural Sacachispas)"や京都の”L.C.K(LazosK(Lazos Culturales Kyoto/文化のつながり京都)"等が挙げられる。(L.C.Kは2017年クルブ・リベルタのフィリアル京都として認可され、2018年にフィリアルとして第1回のコンクールを開催した。)。
 
===日本での主なマリネラダンスアカデミー・スクール ===
2011年より日本でもコンクールが開催されるようになり、日本各地に以下のようなマリネラのアカデミーや教室が存在している。
 
 
'''*BAILA PERU/バイラペルー・・・東京都'''
 
[https://marinera-japon.com/academia01 BAILA PERUホームページ]
 
 
'''*MARINERA MI ALMA/マリネラ・ミ・アルマ・・・東京都'''
 
[https://chifumifukuda.jimdo.com/ MARINERA MI ALMAホームページ]
 
 
'''*SOL Y LUNA/ソル・イ・ルナ・・・千葉県'''
 
[https://www.facebook.com/pg/solylunajapan/about/ SOL Y LUNA ホームページ]
 
 
'''*TRADICION Y PASION/トラディシオン・イ・パシオン・・・静岡県'''
 
[https://www.facebook.com/pages/category/Art/Tradici%C3%B3n-y-Pasi%C3%B3n-1574354829481414/ TRADICION Y PASION ホームページ]
 
 
'''*BAILA CONMIGO sede JAPON/バイラ・コンミゴ・セデ・ハポン・・・大阪府'''
 
== 出典 ==
{{reflistReflist}}
 
 
 
{{DEFAULTSORT:まりねら}}