「ヨーガ学派」の版間の差分

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{{Hinduism}}
[[File:Bronze figure of Kashmiri in Meditation by Malvina Hoffman Wellcome M0005215.jpg|thumb|right|ヨーガをする人の像]]
'''ヨーガ学派'''(ヨーガがくは、{{lang-sa-short|योगदर्शनम् Yoga-darśana}})は、正統[[バラモン教]]([[インド哲学]]派で、[[ヨーガ]]の実践により心身を統一し、[[解脱]]を目指す学派である。現代では[[六派哲学]]の1つに数えられる<ref name="ブリタニカ">{{cite web| publisher= ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典| title = 六派哲学| url = https://kotobank.jp/word/六派哲学-153104#E3.83.96.E3.83.AA.E3.82.BF.E3.83.8B.E3.82.AB.E5.9B.BD.E9.9A.9B.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E4.BA.8B.E5.85.B8.20.E5.B0.8F.E9.A0.85.E7.9B.AE.E4.BA.8B.E5.85.B8| accessdate = 2020-08-23}}</ref>。『[[ヨーガ・スートラ]]』を教典としている<ref name="kb">南直哉『賭ける仏教』 春秋社、2011年7月、254頁。</ref>。
 
==概要==
[[サーンキヤ学派]]の兄弟学派といわれるが、最高神を認める点が異なる<ref name="kb" />。
厳密な[[二元論]]であり無神論または非神論の[[サーンキヤ学派]]の形而上学を骨子とし、同派の姉妹学派といわれるが、自在神(最高神)イーシュヴァラを認めるなど多くの点で異なる<ref name="kb" />。ヴィヤーサ(Vyasa、5 - 6世紀)の註釈書『ヨーガ・バーシャ』(バーシヤ、Yoga-bhashya)や、これに対する{{仮リンク|ヴァーチャスパティ・ミシュラ|en|Vācaspati Miśra}}(10世紀頃)の復注である『タットヴァ・ヴァイシャーラディー』には[[仏教]]や[[ジャイナ教]]と共に[[サーンキヤ学派]]の影響が強くみられるが、ヨーガ学派は『ヨーガ・スートラ』だけでなく、これらの他にも数多く著された注釈類を含む{{sfn|宮本|2005|pp=84-85}}。特に『ヨーガ・バーシャ』は『ヨーガ・シャーストラ』と呼ばれ、『ヨーガ・スートラ』と同じくらい重んじられた{{sfn|雲井|1985}}{{sfn|宮本|2005|pp=84-85}}。
 
ヨーガ学派の自在神は、世界創造の最高神ではなく、ヨーガ行者が修行中に祈念する対象とされている。形而上学的な世界観を確立したサーンキヤ学派に対し、ヨーガ学派は「心の諸作用の止滅」を主目的とする救済技術を発達させ、これに伴う心の作用自体を探求して心の理論を精緻に整え、解脱に至る実践的な行法の体系を示した{{sfn|宮本|2005|pp=84-85}}。記憶や意識下の潜在印象(サンスカーラ)が煩悩を形成する原因になると考えられたため、心の作用だけでなく、潜在印象についてもかなり深い考察がなされている{{sfn|宮本|2005|pp=84-85}}。サーンキヤ・ヨーガの体系では、心は常に転変し、それに伴い潜在印象が生まれ続けると考えられ、修習と離欲を繰り返すある意味パラドキシカルな修行の階梯を上り、煩悩を断ち、潜在印象から煩悩が生じない境地を目指す{{sfn|宮本|2005|pp=84-86}}。こうした心の理論には仏教の影響が認められる。修行が進むと様々な[[超能力]]が自然と身につくと考えられたが、後世の[[ハタ・ヨーガ]]とは異なり、超能力の獲得自体は修行の目的ではない{{sfn|宮本|2005|pp=87-88}}。
 
師から直接指導を受けることが必要不可欠とされ、師の存在が非常に重視されるが、適当な師に巡り合えなかった場合、または、師の系譜をたどり無限訴求に陥らないよう、最初の師、師の中の師として自在神が必要とされたと思われる{{sfn|宮本|2005|p=88}}。自在神の表象は[[オーム (聖音)|聖音オーム]]であり、これを復誦しながら自在神を祈念し、三昧の境地に至る{{sfn|宮本|2005|p=88}}。
 
後期には一元論の[[ヴェーダーンタ学派]]の影響が大きくなり、二元論のサーンキヤ学派・ヨーガ学派は変容または衰退し、後世にヨーガ学派やサーンキヤ学派を名乗った修行者たちの多くは、[[シヴァ神]]や[[ヴィシュヌ神]]を信仰していたことが知られている{{sfn|宮本|2005|pp=85}}。
 
『ヨーガ・スートラ』は15世紀にはほとんど忘れ去られていたが、イギリス人インド学者の[[ヘンリー・トーマス・コールブルック]](1765年 - 1837年)の著作によってふたたび知られるようになった<ref name="Bishop">{{cite web| publisher= The Religious Studies Project | title = Timeless Yoga and Sinister Yogis: David Gordon White’s Brief History of Yoga|author=Sammy Bishop| url = https://www.religiousstudiesproject.com/response/timeless-yoga-and-sinister-yogis-david-gordon-whites-brief-history-of-yoga/| accessdate = 2020-08-08
}}</ref>。19世紀半ばには、インドの伝統的なヨーガの実践と『ヨーガ・スートラ』の体系のつながりはすでになくなっており、ヨーガ学派のヨーガ(古典ヨーガ)の体系について教えることのできるインド人の学者はいなかったといわれる{{sfn|河原|2014|p=96}}。イギリスに植民地化されていたインドが、欧米に自国の文化の価値を示そうとする試みの中で、ヨーガ学派の『ヨーガ・スートラ』は注目され、ヨーガの聖典とみなされるようになっていった。
 
== 脚注 ==
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=== 注釈 ===
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=== 出典 ===
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==参考文献==
*{{Cite journal ja-jp |author=[[雲井昭善]] |year=1976 |title =ヨーガ(Yoga)と念神(Invara-prasidhana)(昭和50年度秋季公開講演会要旨)|url=|journal=大谷学報 |serial= 55|publisher=大谷学会 |naid=120005776940 |pages=60-63 |ref={{Harvid|雲井|1976}}}}
* {{Cite book ja-jp |editor=|chapter= |title =ヒンドゥー教の事典 |publisher=東京堂出版 |year=2005}}
**{{Cite journal|和書|ref={{Harvid|宮本|2005}} |author |author=[[宮本久義]] 執筆 |title=第2章 ヒンドゥー教の根本的思想}}
== 関連項目 ==
* [[ヨーガ]]
* [[ラージャ・ヨーガ]]
* [[パタンジャリ]]
{{インド哲学}}
{{Hinduism2}}
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