「メディア効果論」の版間の差分

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=== 新しい効果理論 ===
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1970年代になり、限定効果論を見直す形で、「新しい効果理論」「新・強力効果論」と総称される理論が提唱されている。限定効果論が、主に「説得的効果」のみを研究対象としており、メディアのもつその他の効果については想定されていないことの反省から検討され始めた<ref name="Takeshita">竹下俊郎「[http://ci.nii.ac.jp/naid/110002772220 マス・メディアの議題設定機能:研究の現状と課題]」新聞学評論30巻、1981年、204頁</ref>。新しい効果理論(新・強力効果論)と呼ばれる理論には、次のようなものがある。
 
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;メディアシステム依存理論
:メディアの影響を、それ単独ではなく、他の社会システムとの相互依存関係に注目して検討する理論。ボール=ロキーチとドゥ=フレールによって提唱されたこの理論は、マス・メディアを情報システムと捉えて、その影響力を当該メディアそのものではなく他の社会システムやメディア・ユーザーとの関係性から検討しているところにその特徴がある<ref>{{Cite book|和書|author=田崎篤郎・児島和人|title=『マス・コミュニケーション効果研究の展開 [改訂新版]』|date=|year=2003|accessdate=|publisher=北樹出版|language=|author2=|author3=|author4=|author5=|author6=|author7=|author8=|author9=}}</ref>。 メディアシステム依存理論によれば、メディア・ユーザーがある特定の情報を必要としていて、かつその情報をメディアが持っているときに、そのユーザーのメディアへの依存は高まり、メディアの影響力が強まる傾向がある<ref>{{Cite journal|author=Ball-Rokeach, S. J.|year=1998|title=A theory of media power and a theory of media use: Different stories, questions, and ways of thinking|journal=Mass Communication and Society|volume=1(1-2)|page=5-40}}</ref>。
;エンコーディング/ディコーディング・モデル
:情報の受け手の解釈(ディコーディング)に注目して、メディアの影響力を分析するモデル。
 
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== メディアと犯罪 ==
 
=== 自己浄化説と犯罪性促進説 ===
メディア(特に暴力的な情報)と犯罪との関連性については、2つの相反する仮説がとなえられている<ref>瀬川晃『犯罪学』成文堂、1998年、280頁</ref>。
=== 自己浄化説と;犯罪性促進説 ===
:メディアにおける暴力に接することによって、視聴者の攻撃性や暴力性が高められ、犯罪を増加させるとする見解。
;自己浄化説
:'''カタルシス説'''ともいう。メディアにおける暴力に接することによって、視聴者はストレスが解消され、犯罪を抑止する効果があると考える見解。
;犯罪性促進説
:メディアにおける暴力に接することによって、視聴者の攻撃性や暴力性が高められ、犯罪を増加させるとする見解。
 
前者については、1998年に、日本政府の「青少年と放送に関する調査研究会」が調査報告をまとめ、アメリカの公衆衛生局長官が1972年に、「暴力番組視聴は10年後の暴力傾向に影響を与える」と結論付けた事例などを報告した<ref>{{cite web|url=http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h11/press/japanese/housou/1207j11.htm#008|title=「青少年と放送に関する調査研究会」報告|date=1998年 |accessdate=2009年12月30日 |author=青少年と放送に関する調査研究会}}</ref>。
=== ゲームと犯罪 ===
犯罪的な行為や性描写を[[仮想現実|疑似体験]]することで、現実の犯罪にもつながると想定されている[[残酷ゲーム]]のように、従来の受動的なメディアに収まらない能動的なメディアの発達も、議論の対象となっている。
 
メディアの影響を大きさを重視する立場は一方「現実とゲーム(虚構)の区別がつかなくなる」といった結論後者飛びきやすてはにゲームと現実の区別がつかなにおのであれば[[コンピュータゲーム]]の中で十分な筈であり、わざわざ「危険な現際には犯罪に手染め下げ理屈」には結びつかなだろうととするった意見もあや報告が存在する<ref name="ニコニコニュース20110109">{{Cite news
|author=亀松太郎
|date=2011-01-09
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|accessdate=2011-10-25
}}</ref>。
 
これには、暴力的なゲームによる「フラストレーション発散効果」を挙げ、他の犯罪的な内容を扱ったメディアに関しても、犯罪の抑止にはなっても助長することにはならないとする声すら聞かれる<ref name="ニコニコニュース20110109" /><ref name="ニコニコニュース20111003" />。
 
この辺りは「影響がある」にせよ「抑止効果がある」にせよ、どちらも所定のメディアよりの影響が、客観的に証明できるだけの科学的な[[反証可能性]]が得られていない。
 
== メディア規制 ==
日本では、主にメディア規制論に絡んで、描写された性表現や暴力表現などの反社会的行為に関する情報に人間(特に、成年者に比べて判断能力の乏しい未成年者または精神面に問題のある成年)が接することで、犯罪を犯す危険性があるとする言説が、大手マスメディアによる報道や、インターネット上のコミュニティで話題になる。
 
1998年に、日本政府の「青少年と放送に関する調査研究会」が調査報告をまとめ、アメリカの公衆衛生局長官が1972年に、「暴力番組視聴は10年後の暴力傾向に影響を与える」と結論付けた事例などを報告した<ref>{{cite web|url=http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h11/press/japanese/housou/1207j11.htm#008|title=「青少年と放送に関する調査研究会」報告|date=1998年 |accessdate=2009年12月30日 |author=青少年と放送に関する調査研究会}}</ref>。
 
メディアの規制は、暴力的ないし猥褻な性的内容を含む[[メディア (媒体)|娯楽媒体]]([[映画]]・[[小説]]・[[漫画]]・[[アニメ]]・[[コンピュータゲーム|ゲーム]]など)に触れて過ごすことでそれらに影響されることで
* 精神の未成熟な段階のうちに[[残酷ゲーム]]に触れることで、精神と人格の形成が阻害される
* 「ゲームの中ではいくらでも人が殺せる」「バレなければ(何をしても)いい」という、歪曲した思考が形成されることで現実と虚構の区別がつかなくなり、他人の生命や人権を軽視するようになる
* 結果として[[犯罪]]に対する[[罪悪感]]や[[恐怖感]]が欠如し、[[殺人罪|殺人]]や[[強盗罪|強盗]]などの[[凶悪犯罪]]を犯してしまう
* [[性欲]]の抑制や発散ができない段階のうちに性行為の描写に触れることで劣情の念を抱き、[[強姦罪|強姦]]や[[窃盗罪|下着泥棒]]などの[[性犯罪]]を犯してしまう
という考えに基づく。
 
近年では、普遍的に暴力的ないし性的な内容を含むメディアが氾濫しているとも指摘される場合があり、これに不快感を覚える者や、教育者、警察関係者、実社会での犯罪発生を懸念する者などに引用され、無批判に支持されている。
 
「有害な環境」と見なされるメディアに耽溺している状況が、
*犯罪を起こしかねない性格異常を引き起こす
*危険な性格異常の予兆である
のどちらであるかは一般にはあまり区別されずに、メディア排斥論に発展する傾向を含んでいる。日本では[[報道]]サイドによってもそのような論調も見られ、過去の殺傷事件や児童誘拐事件といった凶悪犯罪において、容疑者の私生活やプライバシーを取り上げる際、日頃から極端に偏った娯楽作品(特にアダルトゲーム)に傾倒していた、と全国に報道する姿勢がたびたび見られる(→[[おたく]])。
 
その一方で、[[道徳]]や[[情操教育]]などの[[教育]]の観点から「それらのメディアが児童などの目に触れる環境は好ましくないと」する規制論もある。メディア規制反対論者の側は、メディア強力効果論が既に否定されているとしてメディア規制に反論するものの、中には、教育問題に絡む配慮を混同する向きも見受けられる。(→[[メディア・リテラシー]])。
 
== 脚注・出典 ==