「大崎市」の版間の差分

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== 概要 ==
[[後期旧石器時代]]ないし[[縄文時代]]草創期~[[古墳時代]]の遺跡[[座散乱木遺跡]]の発掘により3万年前からこの地域で人々が生活していた。[[古墳時代]]([[4世紀]]前後)に築造された東北地方最大級の[[前方後円墳]]青塚古墳の存在からこの地方では既に[[稲作]]を営む集団組織が存在し古墳を造営する程の力を持っていたと思われる。[[飛鳥時代]]([[古墳時代]][[終末期]])[[7世紀]]末~[[8世紀]]頃([[大化の改新]]時期~)に[[奥州]][[地方]]([[陸奥国]]と[[出羽国]])現在の東北六県全域を統括する重要な拠点、官庁[[名生館官衙遺跡]]が置かれ[[大崎地方]]はすでに内国化されていた。このことから[[京都]][[遷都]]よりも更に古い東北地方では最古の[[1300年]]以上の歴史と伝統ある地域で、[[古川]]が中心地であったことが分かる。[[中世]][[室町]][[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]([[1354年]])に[[斯波家兼]]([[大崎氏]]の始祖)が[[奥州管領]]に任命されその後、[[伊達晴宗]]が[[奥州探題]]に任命され[[伊達政宗]]もこの[[役職]]を自称してこの地を治めた。伊達政宗が築城し居城とした[[岩出山城]]、その後作られた[[有備館]]は現存する日本最古の学問所であり「世界[[かんがい施設遺産]]」に登録された[[内川]]、岩出山[[凍り豆腐]]や[[ずんだ]]は伊達政宗が整備開発したものである。日本人技術者の手だけで造られた日本初の100m級アーチ式コンクリートダム[[鳴子ダム]]は[[土木学会選奨土木遺産]]に登録されており、人口湖の荒生湖は[[栗駒国定公園]]に指定されており、春には「すだれ放流」が風物詩になっている。
 
[[国連食糧農業機関]]に北海道・東北地方で初めて[[世界農業遺産]](世界的に重要な地域)に認定された[[大崎耕土]]([[大崎平野]])は地形と水利に恵まれ西に[[奥羽山脈]]、荒雄岳、[[船形山]]がそびえ、そこから[[江合川]]と[[鳴瀬川]]の両川が[[太平洋]]に流れる日本有数の[[穀倉地帯]]で、[[ササニシキ]]や[[ひとめぼれ]]などの品種米([[ブランド米]])の産地で古来より[[稲作]]が盛んな米の名産地([[栗原市]]・[[登米市]]などの宮城県北部地域も含む)である。その他、大豆(全国2位)の生産も盛んである。日本有数の漁港[[石巻]]、[[女川]]、[[気仙沼]]にも近く、[[ラムサール条約]]に登録されている[[化女沼]]や[[蕪栗沼]]は国際的に重要な湿地で国内有数の[[マガン]]の飛来地である。中山平や北宮沢は[[ゲンジボタル]]と[[ヘイケボタル]]が共生する全国的にも珍しい場所で国の[[天然記念物]]に指定されている。日本トップクラスの泉質の豊富さから東の横綱([[日本百名湯]])に選ばれている[[鳴子温泉郷]]には、[[紅葉]]の時期には全国のみならず海外からも観光客が訪れ美しい紅葉を楽しみ、冬には東北有数のリゾート地であるオニコウベスキー場にも多くの人が訪れる。この様に[[大崎地方]]は[[大自然]]の恵みを受けた[[豊穣]]な大地であり、スポーツでは[[バレーボール]]が、レジャーでは[[気球]]が有名で盛んである。
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