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[[File:BROOKLYN'S BUSHWICK AVENUE SEEN FROM AN ELEVATED TRAIN PLATFORM IN NEW YORK CITY. THE INNER CITY TODAY IS AN ABSOLUTE... - NARA - 555925.tif|thumb|left|upright|一部区間が廃止された[[BMTマートル・アベニュー線]]を往く列車、1974年撮影]]
 
更に既存路線の保守点検も延期され、点検が行き渡っていないことから地下鉄列車が10mph (16km/h) まで減速せざるを得ない"赤旗" (red flag) 区間も多数存在することとなった<ref name="nyc subway in the 1970s"/>。また、車両や駅には落書きがされ、犯罪行為も多く起こるなど治安の悪化が起きた<ref name="nyc subway in the 1970s"/>。このため、市民は移動に地下鉄を利用することを避けるようになり始め、車両の信頼性も落ちていった<ref name="nyc subway in the 1970s"/>。1968年には労働者が{{仮リンク|アメリカ運輸労働組合|en|Transport Workers Union of America}}に加入し年金制度が設立されたほか、労働者は20年間の勤務の後移行期間なしで退職することが許可されたため経験豊富な労働者の約3分の1がすぐに退職し、熟練労働者が大幅に不足する事態に陥った<ref name="nyc subway in the 1970s"/>。
 
改善計画は180億ドルの資金調達プログラムの一環として1980年代に開始された<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。1985年から1991年の間に3,000台を超える地下鉄車両がオーバーホールされ、[[エア・コンディショナー|エアコン]]が装備されて快適性、信頼性、耐久性が向上し置き換え用の新車の購入は延期された<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。ただし、[[ニューヨークシティ・トランジット・オーソリティ]]は各ディビジョンで最も古い車両の置き換えのために1,350両の新車を購入している<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。また、車両に対する落書きや破壊行為を防ぐため、車両基地周辺の警備の強化やフェンスの増設を行った<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。また、これと同時に路線の大規模な改修を開始し、10年以内にシステム内のほぼ全線で線路が更新された<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。腐食の激しかった[[ウィリアムズバーグ橋]]と[[マンハッタン橋]]は長年にわたって改修が行われた<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。駅の改修工事は当初セキュリティの強化、塗装の塗り直し、照明・標識の取り換えに限定されていたが、後にこれまで軽視されていたサービス面での改善にも手を付け始めた<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。これは制服の変更や労働者への十分な訓練、車両の行き先表示の変更など多岐にわたった<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。また、一部の[[ニューヨーク市地下鉄の運行系統の一覧|運行系統]]も旅客のニーズに合わせて運転区間の変更などが行われた<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。もう1つの目標は、犯罪の撲滅や主観的な安心感の増幅であった。このため、1979年に設立された鉄道警察や市民主導の[[ガーディアン・エンジェルス]]のメンバーが夜間の電車内の巡回を行った<ref name="nyc subway in the 1980s"/>。
 
=== 1950年代後半から60年代前半 ===
 
== 活性化と近年の歴史 ==