「デイヴィッド・ロイド・ジョンストン」の版間の差分

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|画像=GG David Johnston.jpg
|画像サイズ=250px
|画像説明=デイヴィッド・ロイド・ジョンストン(20102010年9月
|国略称=
|生年月日={{生年月日と年齢|1941|6|28}}
|出生地={{flagicon|CAN1921}} カナダ<br/>[[ファイル:Flag_of_Ontario.svg|border|25x20px]] オンタリオ州]][[サドバリー (オンタリオ州)|サドバリー]]
|没年月日=
|死没地=
|出身校= ハーバード大学<br/>ケンブリッジ大学<br/>クイーンズ大学
|出身校=
|前職=[[大学教授]]
|現職=
|サイン=David Johnston Signature.svg
|国旗=CAN
|職名=カナダ<br>28代[[カナダの総督|カナダ総督]]
|内閣=[[スティーヴン・ハーパー]]内閣<br />[[ジャスティン・トルドー]]内閣
|就任日=[[2010年]][[10月1日]]
|退任日=[[2017年]][[10月2日]]
|元首職= [[カナダ国王|女王]]<br>[[カナダ首相|首相]]
|元首=[[エリザベス2世]]<br/>[[スティーヴン・ハーパー]]<br/>[[ジャスティン・トルドー]]
}}
'''デイヴィッド・ロイド・ジョンストン'''({{Lang-en|David Lloyd Johnston}}, {{post-nominals|post-noms=[[カナダ勲章|CC]], {{仮リンク|軍功勲章 (カナダ)|label=CMM|en|Order of Military Merit (Canada)}}, {{仮リンク|警察功績勲章|label=COM|en|Order of Merit of the Police Forces}}, {{仮リンク|カナダ軍勲章|label=CD|en|Canadian Forces Decoration}}, {{仮リンク|王立カナダ協会フェロー|label=FRSC(hon)|en|Fellow of the Royal Society of Canada}}, {{仮リンク|王立カナダ内科外科大学|label=FRCPSC(hon)|en|Royal College of Physicians and Surgeons of Canada}}}} [[1941年]][[6月28日]]<ref name=CV1>{{citation| last=Johnston| first=David| title=Curriculum Vitae| date=December 2008| page=1| publisher=University of Waterloo| accessdate=July 8, 2010| ref=CITEREF_Johnston_2008}}</ref><ref>{{Cite journal| editor-last=Redmond| editor-first=Chris| title=The first day of the rest of your life| journal=Daily Bulletin| publisher=University of Waterloo| location=Waterloo| date=June 28, 2006| url=http://www.bulletin.uwaterloo.ca/2006/jun/28we.html| accessdate=July 8, 2010}}</ref> - )は、[[カナダ]]の[[大学教授]]、[[作家]]、[[政治家]]である。2010年10月1日から2017年10月2日まで28代目[[カナダの総督|カナダ総督]](第28代)を務めた。
 
==経歴==
1941年6月28日に[[オンタリオ州]][[サドバリー (オンタリオ州)|サドバリー]]で金物屋を経営する父の元に生まれ、[[スーセントマリー (オンタリオ州)|スーセントメリー]]で高校を卒業<ref name=Akin>{{Citation| last=Akin| first=David| title=David Johnston Canada's next GG — Attended high school in Sault| newspaper=Sault Star| date=July 9, 2010| url=http://www.saultstar.com/ArticleDisplay.aspx?e=2659482| accessdate=July 9, 2010}}</ref>した。1959年に[[ハーバード大学]]に入学し、その後に[[ケンブリッジ大学]][[クイーンズ大学]]に通った。[[証券市場|証券取引]]規制[[会社法]][[公共政策]][[情報技術]]法などを専門とした。
 
1966年より[[クイーンズ大学]][[ロースクール]]で助教授、その後[[トロント大学]]ロースクールで教授となり、[[ウェスタンオンタリオ大学]]でロースクール長、[[マギル大学]]学長、[[ウォータールー大学]]学長を務めた。同時にジョンストンは政治や公益に関与した。{{仮リンク|エアバス事件|en|Airbus affair}}に関する質疑による指導力でその名を知られるようになった。
 
2010年に[[スティーヴン・ハーパー]][[カナダ首相|首相]]に推薦され、[[ミカエル・ジャン]]の後任として[[カナダ国王|女王]][[エリザベス2世]]によって総督に任命された。その時にケベック主権主義者([[ケベック独立運動|分離独立]]派)によって非難されたが、ジョンストンは基本的に女王の代理として価値のある選択だったと高く評価された。
 
ジョンストンは総督として在任中は「{{Lang|en|His Excellency}}([[閣下]])」という[[儀礼称号]]が使用され、また在任中及び終身「{{Lang|en|The Right Honourable}}([[オナラブル]])」という儀礼称号が使用される。総督の任期終了後は慣習により、[[枢密院 (カナダ)|枢密院]]に宣誓しメンバーになる予定になっている。