「東京都立多摩南部地域病院」の版間の差分

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== 沿革 ==
東京都保健医療公社2番目の病院として1993年に開設(公社の性格は当該項目を参照されたい)。区東部に次いで病床数が少なかった多摩南部([[八王子市]]、[[町田市]]、[[日野市]]、多摩市、[[稲城市]])を対象とする地域病院として、二次医療(入院して継続的な治療・看護が必要となる医療)を提供する病院として設置するとともに、重点医療として[[救急医療]]・及び地域に不足している[[悪性腫瘍|がん]]医療を行うこととされた。現在は東京都のエイズ診療協力病院([[エイズ治療拠点病院]]、1995年11月16日指定)、東京都災害時後方医療施設([[東京都災害拠点病院]]、1997年2月28日指定)、[[地域医療支援病院]](1998年9月4日承認)の機能を有する。
 
== 設置まで ==
多摩南部の病院として、[[多摩永山病院]]の設置が決定したのちに現在の場所に誘致されたが、その過程で[[八王子市]]も名乗りを上げ、熾烈な誘致合戦が行われた。現在の場所は元々龍田山(たつだやま)という、現在の天本病院付近を最高峰(145m)とする山であり、誘致の時点で既に山ではなく[[造成]]地であった。設置決定時点での住所は多摩市大字落合字[[中沢 (多摩市)|中沢]]2914-1外。
 
== 診療科 ==