「エモマリ・ラフモン」の版間の差分

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| 人名 = エモマリ・ラフモン
| 各国語表記 = {{lang|tgk|Эмомалӣ Раҳмон}}
| 画像 = Emomali RahmonovRahmon 2001Nov03in 2016 (cropped).jpg
| 画像サイズ =
| 国名 = {{TJK}}共和国
1952年10月5日[[クリャーブ州]][[ダンガル地区]][[ダンガル]]市出身。(今日の[[ハトロン州]][[クリャーブ]]市)。[[1971年]]、[[クルガン・テッパ]]市の[[バター]][[工場]]の{{仮リンク|電気技術者|label=電気技師|en|Electrician}}として働く。1971年から[[1974年]]まで、[[ソビエト連邦軍]]に勤務。除隊後の[[1975年]]バター工場に戻る。[[1976年]]から[[1988年]]、クリャーブ州ダンガル地区の[[コルホーズ]]の管理部[[書記]]、[[労働組合]]議長を務め、後に[[タジクスタン共産党]]で働いた。[[1982年]]、[[タジク国立大学]][[経済学部]]卒業。1988年[[6月]]から[[1992年]]までダンガル地区の[[ソフホーズ]]の議長。1992年[[12月]]、クリャーブ州人民代議員会議執行委員会議長に選出。[[1990年]]から[[1995年]]までタジキスタン共和国最高会議[[議員]]。
 
[[タジキスタン内戦]]中に、クリャーブ地方の政治勢力を背景に台頭し、[[1993年]][[11月19日]]、第12期タジキスタン共和国最高会議において、最高会議議長に選出。1994年[[11月6日]]、タジキスタン共和国大統領に選出され、同年11月16日に就任した。[[1997年]][[6月27日]]、内戦当事者である{{仮リンク|タジク野党連合|en|United Tajik Opposition}}(UTO)の[[サイイド・アブドゥッラー・ヌーリー]]([[タジキスタン・イスラム復興党|イスラム復興党]]指導者)と和平協定に調印し、タジキスタン内戦を終結させた。政権初期には、大臣のポストをUTOに割り当てるなど、反対派勢力に一定の配慮を行っていたが、徐々に[[独裁]]的な傾向を強めていき、反対派は同大統領が独立系メディアに圧力を加え、反対派リーダーを投獄したと批判した。
 
[[1999年]][[11月7日]]、憲法修正に伴い、7年の任期で大統領に再選。
[[2007年]][[4月14日]]、自らの姓からロシア語風の[[接尾辞]]を取り、'''エモマリ・ラフモノフ'''<ref>エママリ・ラフマノフ、エマーマリー・ラフマーノフとも表記される{{要出典|date=2008年8月}}。</ref>から、タジク語風の'''エモマリ・ラフモン'''に改名した<ref>[http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6500985.stm BBC NEWS | Asia-Pacific | Tajiks 'must drop Russian names']{{en icon}}</ref><ref>[http://news.bbc.co.uk/hi/russian/international/newsid_6479000/6479695.stm {{lang|tg|Би-би-си}} | {{lang|tg|В мире}} | {{lang|tg|Президент Таджикистана поменял имя}}]{{ru icon}}</ref>。
 
2013年11月6日の大統領選挙で83.1%の票を獲得し4選<ref>{{Cite news|url=https://jp.reuters.com/article/us-tajikistan-election-observers-idUSBRE9A60DK20131107|title=Tajik presidential election lacked genuine choice: observers|agency=[[ロイター]]|date=2013-11-07|accessdate=2020-10-13}}</ref>。2016年の憲法改正では、ラフモンに限って再選制限を撤廃し、事実上の終身独裁大統領を可能とした<ref>{{Cite news|url=https://www.afpbb.com/articles/-/3088075|title=タジキスタン、大統領の任期制限を撤廃 国民投票で改憲承認|work=AFPBB News|agency=[[フランス通信社]]|date=2016-05-24|accessdate=2020-10-13}}</ref>。2020年10月11日の大統領選挙では90.9%の票を獲得し5選<ref>{{Cite news|url=https://apnews.com/article/elections-asia-central-asia-term-limits-tajikistan-1a1ff2153f372a2926a6e97a4e4624d6|title=Tajikistan longtime leader reelected for another 7-year term|agency=[[AP通信]]|date=2020-10-12|accessdate=2020-10-13}}</ref>。
政権初期には、大臣のポストをUTOに割り当てるなど、反対派勢力に一定の配慮を行っていたが、徐々に権威主義的な傾向を強めているとされる。反対派は、同大統領が独立系メディアに圧力を加え、反対派リーダーを投獄したと批判している。
 
2013年11月6日の大統領選挙で83.1%の票を獲得し4選<ref>{{Cite news|url=https://jp.reuters.com/article/us-tajikistan-election-observers-idUSBRE9A60DK20131107|title=Tajik presidential election lacked genuine choice: observers|agency=[[ロイター]]|date=2013-11-07|accessdate=2020-10-13}}</ref>。2016年の憲法改正では、ラフモンに限って再選制限を撤廃し、事実上の終身独裁を可能とした<ref>{{Cite news|url=https://www.afpbb.com/articles/-/3088075|title=タジキスタン、大統領の任期制限を撤廃 国民投票で改憲承認|work=AFPBB News|agency=[[フランス通信社]]|date=2016-05-24|accessdate=2020-10-13}}</ref>。2020年10月11日の大統領選挙では90.9%の票を獲得し5選<ref>{{Cite news|url=https://apnews.com/article/elections-asia-central-asia-term-limits-tajikistan-1a1ff2153f372a2926a6e97a4e4624d6|title=Tajikistan longtime leader reelected for another 7-year term|agency=[[AP通信]]|date=2020-10-12|accessdate=2020-10-13}}</ref>。
 
== 人物 ==