「ライン・サンドバーグ」の版間の差分

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{{by|1986年}}の日米野球で来日し、[[アメリカンリーグ|ア・リーグ]]のスーパースター、[[カル・リプケン]][[遊撃手]]([[ボルチモア・オリオールズ]])とメジャーでは実現しなかった二遊間を組んだ。
 
その後も活躍を続け、{{by|1989年}}には本塁打数が30の大台に達し、{{by|1990年}}[[5月18日]]にかけて[[ジョー・モーガン]]の二塁手としての91試合連続無失策のメジャー記録を上回る123試合連続無失策を記録({{by|2006年}}から{{by|2007年}}にかけて[[ルイス・カスティーヨ]]に抜かれた)<ref name="chronology">{{cite web|url=http://www.baseballlibrary.com/ballplayers/player.php?name=Ryne_Sandberg_1959&page=chronology|title=Ryne Sandberg from the Chronology|language=英語|work=BaseballLibrary.com |accessdate=2009年3月3日 }}</ref>。同年、二塁手としては[[ロジャース・ホーンスビー]]({{by|19251922年}})、[[デーブ・ジョンソン]]({{by|1973年}})以来史上3人目の40本塁打を記録<ref name="chronology"/>。
 
{{by|1992年}}[[3月2日]]にメジャー史上最高額となる4年総額2,840万ドルで契約延長<ref name="chronology"/>。契約を満了していないにもかかわらず、{{by|1994年}}[[6月13日]]に離婚問題のため現役引退<ref name="maj200503"/><ref name="chronology"/>。1年半のブランクを得て{{by|1996年}}現役復帰し、{{by|1997年}}2度目の現役引退。二塁手としての通算277本塁打はメジャー記録であったが、{{by|2004年}}に[[ジェフ・ケント]]に抜かれた。
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