「ケルピー」の版間の差分

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邦書で「水馬」や「水棲馬」とも表記・併記されることについて+
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ケルピーは[[英国]]イングランドや[[ローランド地方|スコットランド低地]]など([[ゲール語]]を話さない地方)における英語の名称であり、それと混合されるのが[[ハイランド地方|スコットランド高地]]に伝わる{{読み仮名|水棲馬|'''ウォーター=ホース'''}}すなわち[[ゲール語]]で'''エッヘ・ウーシュカ'''({{lang-gd|each uisge}})である。アイルランドの伝承にもあり、'''アッハ・イシュカ'''({{lang-ga|each uisce}})と呼ばれる。川棲はケルピーで、湖棲がゲール文化のエッヘ・ウーシュカとの線引きが提唱されており、これを順守する向きもある{{efn2|この線引きは、19世紀の伝承収集家{{仮リンク|ジョン・グレガーソン・キャンベル|en|John Gregorson Campbell|label=J・G・キャンベル}}がおこなったものである。妖精学の大家キャサリン・ブリッグスも、当初は湖畔のケルピーの話として発表した話をのちにエッヘ・ウーシュカの話に仕立て直して記載している。}}。
 
ケルピーやエッヘ・ウーシュカによって水中に引き込まれた児童や若者大人の犠牲者は、肝臓等の臓器が浮かび上がる以外は遺体があがらない。某成人男性の伝説では明確にず、食らわれたと伝聞されるが、外でも人間は捕食されるものなくもそう推論されている{{efn2|J・G・マッケイ。}}。だが一説によれば、エッヘ・ウーシュカは、女子供をとって食うことをしない{{efn2|前述のJ・G・キャンベル。}}。
また、うっかり触ると離れられなくなり、指を切って逃げおおせた、などと伝わる。
 
一説によれば、エッヘ・ウーシュカは、女子供をとって食うことをしない、と主張されるが{{efn2|前述のJ・G・キャンベル。}}また、人間の男性に化身して女性を誘い狂暴化もする話が、特に西ハイランド地方で伝えられる{{efn2|スコットランド島嶼や{{仮リンク|インヴァネスシャー|en|Inverness-shire|label=インヴァネス}}州。}}。しかしその髪に水藻か砂が混じっていて正体を見破られるのが顕著なモチーフである。気づいた女性は、衣服の一部を切り離したり、前掛けなどを脱いですり抜けたりして逃げようと試みる。
 
ケルピーは必ずしも有害無益と限らず、特別な[[馬勒|馬勒(ばろく)]]の力で御すことができ、橋や築城の石材運搬などに使役できた話も残される。しかし、その場合も後で末代までたたられる、または娘を連れさらわれる、などのしっぺ返しも起きている。
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=== 定義 ===
ケルピー({{lang-sco|kelpie, kelpy}})は「水の精霊(ウォータースピリット)」であるいう定義が『{{仮リンク|古スコッツ語辞典|en|Dictionary of the Older Scottish Tongue}}(DOST)』に定義;あり、この辞書が扱う古例では地名例(1674年)1件のみが挙げられる<ref name=dost-kelpie/>{{Refn|group="注"|地名例は Kelpie hoall 。『SND』の方に{{仮リンク|カーカドブライトシャー|en|Kirkcudbrightshire|label=カーカドブライト}}州に所在する地名だと明記される<ref name=snd-kelpie/>。}}。
 
あるいは「水魔(ウォーターデーモン」であるという定義が、現代[[スコッツ語]](1700年以降)を扱う『{{仮リンク|スコティッシュ・ナショナル・ディクショナリー|en|Scottish National Dictionary}}(SND)』では定義しておりにあるが、各用例から詳述を加えられた細かく説明になっている。また、そしてゲルマン系の水妖馬「[[ノッケン|ニッカ―]](に同じ)であると締めくくられる<ref name=snd-kelpie/>{{Refn|group="注"|ケルピーは「水の精霊(スピリット)」であると、本『SND辞典』の最古例であるコリンズの詩の編者({{仮リンク|アレキサンダー・カーライル|en|Alexander Carlyle}}、1788年)が注釈しているのであるが<ref>{{harvp|Carlyle|1788|p=72}}注*</ref>、それは反映されていない。}}{{Refn|group="注"|各用例から引かれるケルピーの属性は追って述べる。ニッカ―との同一視は『SND』辞典の用例にみあたらないが(補遺<ref name=snd-kelpie-supp/>も含めて)、{{仮リンク|ジョン・ジェイミソン|en|John Jamieson}}の辞典(1808年)やカール・ブリントの論文(1881年)にそうした考察がある<ref name=jamieson-dict-kelpie/>{{sfnp|Blind|1881|pp=191–203}}。}}。
 
ケルピーはハイランド地方の産物のように扱われることもあるが、これは誤りで、実際は[[ローランド地方]](ゲール文化・言語の絶えた地域)の迷信である、との意見が見られる<ref name=macculloch-lowland>{{harvp|MacCulloch|1948|p=66}}: " The Kelpie, though sometimes assumed to be Highland , is actually a creature of Lowland superstition , known also in the east of Scotland and in Yorkshire ".</ref>。ケルピー({{lang-en|kelpie}})の語は、英単語としても扱われ、『[[オックスフォード英語辞典]]』でも「姿形は様々だが馬の姿をする、伝説上の水霊または[水]魔の、スコットランド低地での名称」と定義されている<ref name=oed-kelpie/>。
 
ケルピーの定義については混乱があり、例えばどういう容姿・形態をとるかについても議論がある、と指摘される<ref name=harris/>。
 
上述したように、真正のケルピーはスコットランド低地(ローランド)の産物とみなす向きがあるがref name=macculloch-lowland>、スコットランド高地(ハイランド)にもよく似た性質のエッヘ・ウーシュカ(「水の馬」の意)がおり、これは便宜上、英語で「ウォーター・ホース」(や「ウォーター=ケルピー」)などと呼ばれることが多々あって、邦書では'''水棲馬'''、'''水馬'''等と表記・併記される<ref name=imura-taizen-each-uisge/>。しかし、じっさいには両者は混同・習合もされており<ref>後述</ref>、ケルピーもやはり水棲馬・水馬と記述される<ref name=imura-taizen-kelpie/>。
 
==== 語源 ====
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}}
 
ケルピーは概して黒馬か白馬の容姿をしていると、前述の現代スコッツ語辞典にあるが<ref name=snd-kelpie/>{{Refn|group="注"|白でなく灰色や[[栗毛]]と邦書にある<ref name="ヨーロッパ怪物文化誌事典p204">『[[#図説ヨーロッパ怪物文化誌事典|図説ヨーロッパ怪物文化誌事典]]』204頁(「ケルピー」の項)</ref><ref>『[[#世界幻想動物百科|世界幻想動物百科]]』232頁(「ケルピー」の項)。</ref>。}}、前者の例はスペイサイドの人間がネス湖からの帰途の峠で遭遇した魔法具をつけた馬<ref name=gregor-1881-willox/>{{Refn|group="注"|ウィロックス家の家宝にまつわるもので、より古い資料は馬色を示していない<ref name=stewart_w_grant/>(後述)。}}、後者はいわゆる「'''スぺイ川の白馬'''」である{{Refn|{{harvp|McPherson|1929|p=61}}: "The White Horse of Spey" apud ''SND''<ref name=snd-kelpie/> and {{harvp|MacGregor|1937|p=69}}.}}。しかしスぺイ川のクリーヴァン[?]の淵の{{読みリンク|水馬|エッヘ・ウシュタ}}は黒いとされる<ref name=macdougall-craobhan/>{{Refn|group="注"|この水馬は、乗せた者たちをポット・クレイヴィー(クリーヴァンの淵)に連れてゆくと歌うが<ref name=snd-kelpie/>、別の地域で、バルリービー・バーンの沢に連れてゆくと歌うのは白馬のケルピーである<ref name=gregor1883-harmful/>{{efn2|「ジェニー(ジェニィッティー)」や「デイヴィー」を連れて行くという歌詞}}}}。
 
=== 囮の馬姿 ===
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==== 藻・砂まじりの髪 ====
前述のアイラ島の原話では水棲馬が女性に[[膝枕]]させろ、そして髪を絞ってくれと頼んだときむが{{Refn|group="注"|キャンベルの原話ではゲール語で、"fàsg"とあり、命令形"fàisg"とすれば'squeeze, wring’の意<ref name=forbes-fasgadh/>。井村は「髪を梳〈ト〉いていた」とするが<ref name=imura-taizen-each-uisge/>、類似話群(MLSIT<!--SIT = Migratory Legend Suggested Irish Type--> 「F58. 女性がウォーター=ホースに出会い.. {{仮リンク|梳|くしけず}}る髪に砂を見つけ..悟る」<ref name=macdonald-MLSIT-F58/>ではそうなっているようである。}}、女性がその髪にゲール語でリヴァガッハ liobhagach という、[[粘液|ぬめりけ]]のある[[水藻]]がまとわりついていた(異聞では砂がついていた)のをみとがめ女性はその正体を見破った<ref name=campbell-JF-bull-fights/><ref name=briggs-water-horse&water-bull/>。似た例が[[バラ島]]にも伝わるが、水藻の名称が湖生のラファガッハ rafagachであになっている{{sfnp|Henderson|1911|p=164}}{{Refn|他にもアイラ島版では女性がエプロンからすり抜けて逃げようとするが、バラ島版では、頭下の衣服の布を切り離した(膝枕だけで、髪をいじるなどと明記しない)。}}。
 
類似の話型としてはMLSIT{{efn2|"Migratory Legend Suggested Irish Type"の略。「ML型」分類 "Migratory Legend" は{{仮リンク|レイダル・トラルフ・クリスチャンセン|en|Reidar Thoralf Christiansen|label=R・Th・クリスチャンセン}}が提唱したノルウェーの話型<ref name=kokawa/>―これは移住的伝説(拡撒的/伝搬的)の意―であるが、これより派生した「ML型に拠る提案アイルランド話型」のこと。}}「F58. 女性がウォーター=ホースに出会いついていく:しかし{{読み仮名|梳|くしけず}}る髪に砂を見つけ正体を悟る<!--Woman Meets Water-Horse in Human Form and Goes with him: but Finds Grains of Sand in his Hair when Combing it and Realises What He Is-->」が挙げられる{{Refn|group="注"|発表時でこのMLSIT F58には[[アウター・ヘブリディーズ]]や{{仮リンク|インヴァネスシャー|en|Inverness-shire|label=インヴァネス}}州などの類話10件強を計上するだけなので<ref name=macdonald-MLSIT-F58/>、(藻と砂の違いだけっである)「類似の話型」と呼ぶにとどめるしかない。}}。
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* (1) コリンズ(1747年作)『頌詩』{{small|(場所不詳)}}
:ケルピーの語が使われる最古例は、イングランドの詩人{{仮リンク|ウィリアム・コリンズ (詩人)|en|William Collins (poet)|label=ウィリアム・コリンズ}}の1747年<ref name=snd-kelpie/>の英語詩『スコットランド高地の民間迷信に寄せる頌詩』(1788年発表)である<ref name=snd-kelpie/>{{sfnp|Carlyle|1788|pp=67–75}}。
:この詩では、[[ハイランド地方]]の迷信にある、人を溺れさせる魔物について語っているが{{Refn|group="注"|実はこのうち海の溺死については、第Vと第VI前半は別人({{仮リンク|ヘンリー・マッケンジー|en|Henry Mackenzie|label=マッケンジー}})が詩作して補っている{{sfnp|Carlyle|1788|p=64}}。[[#海のケルピー|§海のケルピー]]にて詳述。}}、暗き{{読み仮名|湿地|[[フェン]]}}の、どこか柳の生える岸辺に佇んでいたある農夫を{{Refn|原文"swain"は「若者」とも「田舎者」ともとれるが、解説者が「農夫(ペザント)」"peasant destroyed by the water-kelpie"としている<ref name=spacks/>。}}、この{{読み仮名|悪魔|[[wikt:fiend|フィーンド]]}}が水嵩を増させて溺れさせた。ケルピー({{lang-en|kaelpie}})の怒りに触れたのだ、と詠まれている<ref name=collins-vii&viii>コリンズ『頌詩』第VII–VIII詩節。{{harvp|Carlyle|1788|pp=71–72}}</ref><ref name=barbauld-water-fiend>ケルピーは「{{読み仮名|水の悪魔|ウォーター=フィーンド}}」であるとも註される({{harvp|Barbauld|1802}}編、p. 117注*)</ref>{{Refn|group="注"|川との明記がないが、第VIII詩節では柳の落ち穂を飾った亡霊が妻の夢枕を訪れ{{efn2|「柳」「亡霊」の原文:"dropping willows drest, his mournful sprite"}}。溺死の場所は「柳の生えた岸」とも記されている{{efn2|原文:"ozier'd shore"}}。また原文は男性の「精霊(スプライト)」で、魂だかの意味だろうが、「亡霊(ゴースト)」<ref>{{harvp|Pietrkiewicz|1950|p=448}}: "The swain drowned by the fearful kaelpie appears as a ghost".</ref>、「幻影(アパリション)」などと解説される{{sfnp|Barbauld|1802=p=xlvii}}。ケルピーが「水の精霊」であるとは原文にないが、カーライル編本の脚注に述べられる。}}
 
* (2) ジョン・ジェイミソン(1803年)の詩「ウォーター・ケルピー」{{small|(ハイランド地方、東部[[アンガス (スコットランド)|アンガス]]州、{{仮リンク|サウス・エスク川|en|River South Esk}}の橋)}}
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* (3) W・グラント・スチュアート(1860年);グレガー (1881年) {{small|(ハイランド地方、[[ネス湖]])}}
:スペイサイドのウィロックス家(マグレガー家)につたわる魔法の回復器具「玉と馬勒」にまつわるもので、{{読み仮名|馬勒|ブライダル}}は、そもそもケルピーが身に着けていた馬具の一部だった。同家の当主が、先祖がれを手に手しいきさつの武勇伝を伝えている{{Refn|group="注"|グラントが取材した語り手の当主はグレガー・ウィロックス(グレガー・ウェロックス・マグレガー Wellox MacGregorとも表記)で、先祖はジェイムズ・マグレガー。スペイサイドといえば、主要地はストラスペイ(現{{仮リンク|グランタウン=オン=スペイ|en|Grantown-on-Spey}})で、語りのなかでも峠がここからの中間点だと述べられるが、グレガー・ウィロックスの住まいは{{仮リンク|エイヴォン川 (スペイサイド)|en|River Avon, Strathspey}}を望む Gaulrig[g]({{仮リンク|トミントール|en|Tomintoul}}以南3マイルほどの村)である。{{URL|1=http://www.streetmap.co.uk/map.srf?X=315480&Y=814092&A=Y&Z=120 |2=Streemap地図}}。}}<ref name=stewart_w_grant/>
:ネス湖に棲むケルピーが、乗用馬を装い街道に待ち伏せてうっかり乗った者をネス湖やドアブ湖({{仮リンク|ロッキンドアブ|en|Lochindorb}})や{{仮リンク|スピニー湖|en|Loch Spynie}}に連れてゆくのだが、先祖のマグレガー氏は、{{仮リンク|スロッコ・サミット|en|Slochd Summit}}の峠でケルピーに遭遇したが騙されず、近寄りざまに顎を馬勒ごと切りつけたので、[[ハミ (馬具)|馬銜]]のひとつがこぼれ落ちた。ケルピーは力を失い、返還を求めたが氏は応じなかった。馬は自宅の入り口を通せんぼしたが、氏は窓越しにその馬銜を妻に渡した。戸口の上にはナナカマドの十字架が掛かっていたのでケルピーはあきらめざるを得なかった<ref name=stewart_w_grant/>。
:グレガーはこのケルピーを黒馬としており、誘いに乗らない某ハイランド住民に怒り嚙みつこうとしたが、躱されて一太刀入れられ、真鍮のホックのような「馬勒」が切断されたとする。<ref name=gregor-1881-willox>{{harvp|Gregor|1881|p=}} [https://books.google.com/books?id=Fb_cHP_DFwAC&pg=PA38 pp. 38–39]</ref><ref>{{harvp|Peuckert|1967}}. "[https://books.google.com/books?id=VSAKAQAAIAAJ&q=%22Der+Ball%22 211. Der Ball]", p. 146 ではグレガーからの独訳を掲載するが、p. 280 にスチュアートの著書に詳述があると注記されている。</ref>