「ラムダロケット」の版間の差分

→‎成果の曖昧さ: 国会議事録の出典追記
m (→‎成果の曖昧さ: 内容には関知しませんが、記事内ではL-3の初打上は1974年ではなく1964年となっています。)
(→‎成果の曖昧さ: 国会議事録の出典追記)
 
==成果の曖昧さ==
[[1963年]][[12月11日]]に打ち上げられたラムダ2型2号機では、打ち上げ後に「すべて計画通りに成功し、到達高度は410kmに達し、米ソに次ぐ記録」と発表された。しかし実際には観測データ送信装置が故障しており[[電離層]]、[[宇宙線]]、[[地磁気]]の観測は全くできなかったこと。また、既にフランスが470kmに達するロケットを打ち上げており、米ソ仏に次ぐ記録と表現されるべきものであった。さらに[[1964年]][[7月11日]]に打ち上げられたラムダ3型1号機では、打ち上げ後に「高度約1000kmに達した」「観測用ロケットとして世界の高度新記録を作った」と発表されたが、後に高度は850kmどまりであった上、高度記録もアメリカに1000kmを上回る記録が存在していたことなどが明らかになっている。次第に東京大学航空研究所によるロケット発射の成果発表のあいまいさが指摘されるようになり、1967年には[[衆議院]]科学技術振興対策特別委員会にて取り上げられている<ref>「実験発表誤りだらけ 東大ロケット 幻の高度新記録『朝日新聞』昭和42年7月5日朝刊、12版、15面</ref>、1967年7月12日には[[衆議院]]科学技術振興対策特別委員会にて技術報告書の杜撰さや失敗した原因の追及不足などが取り沙汰されている<ref>{{Cite web |date=昭和42年7月12日 |url=https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=105503913X02219670712&current=19 |title=第55回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第22号 |publisher=国会会議録検索システム |accessdate=2020-11-05}}</ref>。
 
== 脚注 ==