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'''廣重 力'''(ひろしげ つとむ、[[1931年]] - )は、[[日本]]の[[医学者]]、[[医学博士]]。
 
== 来歴 ==
*1949年 苫小牧高等学校(現[[北海道苫小牧東高等学校]])卒業 
*1955年 [[北海道大学]][[医学部]]医学科卒  1960年北海道大学大学院医学研究科[[博士課程]]修了 
*1962年 [[アメリカ合衆国|アメリカ]][[イェール大学|エール大学]]医学部研究[[講師 (教育)|講師]]
*1964年 北海道大学医学部[[助手 (教育)|助手]]
*1967年 北海道大学医学部[[助教授]]
*1975年 北海道大学医学部[[教授]]
*1991年 北海道大学[[学長]](総長)(-1995年)
*1995年 北海道大学定年退官。同[[名誉教授]]。[[北海道医療大学]]教授
*1996年 [[大学入試センター]]所長(-1999年)
*1999年 北海道医療大学[[学長]](-2006年)
*2005年 [[学校法人東日本学園]][[理事長]](-2012年)
=== 所属学会 ===
*日本生理学会常任[[幹事]] (1978年-1993年)、日本内分泌学会[[理事]] (1982年-1995年)、日本神経科学学会理事(1986年-1992年)などのほか、国外のアメリカ内分泌学会にも所属している。
=== 大学入試センター時代 ===
*1997年度、数学では旧課程履修者、新課程履修者(現役生)のために2種類の試験科目が設けられた。しかし、学力の比較としての用を全く成さないほどの難易度の差(平均点22点差)があったことが判明した。謝罪や具体的な対応は無く、却って試験同士の難易度の事前調整という基本的な事すら行っていなかったことを露呈する結果となった。NHKのクローズアップ現代において、責任者として取材に答えた際のコメントは、「人生はもっと辛い事があるのだから(このような事など大した事ではない)」であった。
 
== 主著 ==
*『脳のホルモン』 (共著) ([[朝倉書店]] 、1973年 )
*『現代産婦人科学大系、年刊追捕』(中山書店 、1978年 )
*『総合栄養学事典』 ([[同文書院]] 、1981年 )
*『神経内分泌学』 (「神経科学レビュー 1」 [[医学書院]] 、1987年 )
*『生物リズムの研究』 (北海道大学図書刊行会 、1989年 )
*『標準生理学 (第2版)』 (医学書院 、1989年 )
など多数の学術書、研究書を出している
 
{{北海道大学総長|第14代:1991年 - 1995年}}
{{先代次代|[[大学入試センター]][[所長]]|第6代: [[1996年]] - [[1999年]]|[[高橋良平]]|[[丸山工作]]}}
{{先代次代|北海道青少年科学文化財団理事長|第4代: [[1999年]] ‐ [[2012年]]|[[有江幹男]]|[[岸浪建史]]}}
{{先代次代|[[北海道医療大学]][[北海道医療大学の人物一覧#歴代学長|学長]]|第4代: [[1999年]] ‐ [[2006年]]|[[富田喜内]]|[[松田一郎]]}}
{{先代次代|[[学校法人]]東日本学園[[理事長]]|第5代:[[2005年]] ‐ [[2012年]]|[[寺田一壽男]]|[[東郷重興]] }}
 
{{Normdaten}}
{{Scientist-stub}}
 
{{DEFAULTSORT:ひろしけ つとむ}}
[[Category:日本の医学者]]