「荒木太郎」の版間の差分

編集の要約なし
(→‎外部リンク: 外部リンクの修正 http:// -> https://)
 
 
'''荒木 太郎'''(あらき たろう、[[1961年]][[2月16日]]<ref name="DGJ">{{cite web |url=http://www.dgj.or.jp/members/detail.php?id=21&sig=e5dde24c55230ebd85ca310c2e48cd76|title= 荒木太郎|accessdate=2013-05-07|publisher=[http://www.dgj.or.jp/ 日本映画監督協会]}}</ref> - )は、[[日本]]の[[映画監督]]、[[脚本家]]、[[俳優]]。[[池島ゆたか]]や[[吉行由実]]、[[国沢実]]と並び、20世紀末以降における[[大蔵映画]]株式会社の[[ピンク映画]]監督の四大巨匠の一人<ref>{{cite book |last=Sharp|first=Jasper|title=Behind the Pink Curtain: The Complete History of Japanese Sex Cinema|page= 334|year=2008|publisher=FAB Press|location=Guildford|isbn=978-1-903254-54-7}}</ref>。
 
== 経歴 ==
荒木太郎は[[1981年]]に[[エキストラ]]として映画業界に入った<ref name="DGJ"/>。[[1985年]]に[[国映]]スタジオで舞台裏の仕事を開始し、[[北沢幸雄]]監督の『濡れた処女 ワイセツ暴行』や、[[佐野和宏]]監督の『最後の弾丸』(公開題:監禁 ワイセツな前戯)などの映画で[[助監督 (映画スタッフ)|助監督]]を務めた<ref name="Sharp-334-35">{{cite book |last=Sharp|first=Jasper|title=Behind the Pink Curtain: The Complete History of Japanese Sex Cinema|pages= 334–35|year=2008|publisher=FAB Press|location=Guildford|isbn=978-1-903254-54-7}}</ref>。荒木は他監督の作品のみならず自身の監督する映画にも俳優として出演していことがあり、[[1995年]]の『パレード』での演技で、[[ピンク大賞]]の男優賞を受賞している<ref>{{cite web |url=http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/award/1995.htm|title=1995年度ベストテン|accessdate=January 18, 2009|publisher=[http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/menu.htm P*G Website]|language=Japanese}}</ref> 。
 
荒木の監督としてのデビューは、[[1996年]]の『異常露出・見せたがり』である<ref>{{cite web |url=http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/history.htm|title=Pink Films History|accessdate=2009-06-21|language=Japanese|publisher=[http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/menu.htm P.G. Web Site] |archiveurl=http://web.archive.org/web/20020521200339/http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/history.htm |archivedate=2002年5月21日}}</ref>。彼のピンク映画への姿勢は、[[ピンク四天王]]や[[ピンク七福神]]などとして知られる過去20年間の多くの有名な監督たちの多くとは異なっている。荒木は映画製作に対してより大衆的な動機をいだいており、大衆よりも一人監督自身楽しま満足さようというるために映画ることへの意見に敵対心を持っていた。彼は、特に大都市の外では、知的な[[批評家]]や、ピンク映画雑誌「PG」やピンク大賞の式典に代表されような知的な批評家やファンよりも、伝統的な劇場のピンク映画ファンを故意の観客、特楽しま地方に住む観客を喜ばせようとした努めている。にもかかわらずピンク大賞において、荒木は成功した映画監督として証明されている。[[2000年]]の『せつなく求めて‐OL編‐』は男優賞、新人監督賞と、作品賞1位を受賞し<ref>{{cite web |url=http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/award/2000.htm|title=2000年度ベストテン|accessdate=January 18, 2009|publisher=[http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/menu.htm P*G Website]|language=Japanese}}</ref> 、[[2001年]]の『義姉さんの濡れた太もも』では監督賞を受賞した。加えて、彼の作品の多くは、毎年のピンク映画大賞のトップテンリストに名を連ねている<ref>{{cite web |url=http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/award/2001.htm|title=2001年度ベストテン|accessdate=January 18, 2009|publisher=[http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/menu.htm P*G Website]|language=Japanese}}</ref>。
 
2018年2月16日から上映予定だった映画『ハレンチ君主 いんびな休日』は劇場支配人の意向で上映中止となっている<ref>{{Cite web|url=https://www.dailyshincho.jp/article/2018/03140800/?all=1&page=2|title=思想的な意図はない? 「昭和天皇」モデルのピンク映画 右翼重鎮が苦言 {{!}} デイリー新潮|accessdate=2018-04-27|website=デイリー新潮|language=ja}}</ref>。
447

回編集