「火」の版間の差分

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===== 調理 =====
食物の加工に火を利用するようになったのは[[山火事]]などで逃げ損ねた動物の焼けた肉を食べたといったことがあったのではないかといわれている。食物を火で加熱することを覚えたことは、人類にとって重大な進歩だった。単に火を通すことで食味が良くなるだけではなく、それまで生では食べることの困難だった[[穀物]]や[[豆]]、芋など多くのものが食用可能になり<ref name=":0">「火と人間」p4 磯田浩 法政大学出版局 2004年4月20日初版第1刷</ref>、さらに動物の[[肉]]や[[魚類|魚]]などに火を通すことで[[寄生虫]]や[[病原菌]]の危険なしにこうした食物を摂取することができるようになった。こうした加熱消毒は現代においても調理の重要な一側面である。[[調理]]では、火の強さの調整は料理の出来に大きな影響を及ぼす。火を使う調理法は様々な方法が編み出され、細やかな使い分けがされるようになり、それに伴い多様な表現も生まれた。火にかける、火を通す、[[グリル|炙る]]、[[焼く]]などである。
 
素朴な加熱調理法の中でも、もっとも素朴な調理法にいわゆるまる焼きがあり、たとえば毛皮をはいだだけの小動物を[[焚火]]の中に直接投げ込んで焼いたり、焚火のすぐ脇に置いて少し時間をかけて調理する方法である。この方法だと肉の表面が多少焦げはするが、表面の極端に焦げて炭になった部分だけを取り除くと、その下からほど良く火の通った美味しい肉が現れるので、それを食べることができる。現代でも、ジャングルの奥に暮らす部族などがそうした食べ方をしていることが人類学者の調査などで判っている。また小動物でも、適度な太さの木の枝を用意しておいて、小動物の腹をさいて内蔵を取り除いておいて、口の部分から差し込んで尻の部分から出しておいて、焚火の両脇にY字型の枝などをつき立てて支えとし、肉を回せるようにして[[ロースト]]する方法も古代からおこなわれている。動物を姿のまま焼くまる焼きは、現代の世界各地の先進国でも民族に昔から伝わる伝統的な料理としてお祭り、婚礼の時などに調理・提供されている。また、太古から人類は川や海では魚を手に入れられたわけだが、木の枝を用意して、その枝を魚の口の部分から差し込めば、枝の端を手で持って魚を火に近づけて、好みの程度に火であぶることができた。枝を焚火の周囲の、適度な距離の地面に突き刺せば、じっくり中火~弱火で加熱することもできた。
[[恋愛]]感情や[[怒り]]のような高ぶる感情はしばしば火や炎にたとえられる([[比喩]])。「焼け木杭(ぼっくい)に火がついた」という表現は、一度焼けて炭になった木の杭はその後も簡単に火がつくことから、かつて恋愛関係にあった男女がありがちなことに再度恋愛関係になることを意味している。また「火を噴くように」怒ったりするのもこの例である。羞恥などで頬が赤くなるのを「火が出るよう」と形容する例もある。
 
また、危険なものとの認識から、危機に陥ることを「尻に火がついた」などという例もある。野球において投手が打ち込まれる(立て続けにヒットを打たれる)と火だるまや炎上といわれる。
 
「火をつける」は実際に燃料に点火する場合にも使うが、たとえばある計画や活動を立ち上げる際にも使うことがある。一旦点火すると後は勝手に燃え上がるところからの転用であろう。発案者や仕掛け役のことを「火元」とか「火付け役」とかいう例もある。
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