「第一次ミトリダテス戦争」の版間の差分

m (アルケラウスをアルケラオスに統一)
ミトリダテスは分進するローマ軍を各個撃破した。まず[[アムニアス川の戦い]]でニコメデスを迎撃し、国境を越えて逃げる敵を追って、マニウスが守るプロトパキウム要塞を7時間で攻略した。さらにカッシウスの軍も破った。ローマの敗将たちと、ビュザンティオンにあった艦隊は離散し、ミトリダテスはビテュニア全域を支配した。ミトリダテスは捕虜に帰国の費用を与えて帰らせ、孤立して降伏したオッピウスを丁重に遇したが、マニウスだけは処刑した。
 
ミトリダテスはさらに進み、属州アシアなど、エーゲ海沿いの小アジア全域を手中にした。支配の確立後、ミトリダテスは新しい支配地域の全土で一斉にローマ人とイタリア人を皆殺しにする命令を出した。イタリア生まれの者は、男女の別なく子供も含めて殺された。この命令により殺された人数は8万人とも10万人以上とも言われる
 
ミトリダテスは艦隊を率いて、ローマ側につく[[ロードス]]の攻略に向かった。しかし、陸兵を輸送する船団が嵐に見舞われ、ロードス海軍の巧みな抗戦にもあって、攻略は失敗した。
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