「フランツ・フォン・リスト」の版間の差分

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[[1869年]]から[[ウィーン大学]]で[[法学]]を学んだ。[[1874年]]に博士号を取得した後、[[ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン|ゲッティンゲン大学]]で研究を続けた。
[[1875年]]に[[グラーツ大学]]で教授資格を取得し、[[1879年]]に[[ユストゥス・リービッヒ大学ギーセン|ギーセン大学]]の教授となった。その後、[[フィリップ大学マールブルク|マールブルク大学]]、[[マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク|ハレ大学]]で教鞭をとり、[[1899年]]、[[フンボルト大学ベルリン|ベルリン大学]]の教授となる。
マールブルク大学教授であった1899年、[[ブリュッセル大学]]教授の[[アドルフ・プリンス]]と[[アムステルダム大学]]教授のG・A・ハメルと共に、[[国際刑事学協会]]([[:de:Internationale Kriminalistische Vereinigung|Internationale Kriminalistische Vereinigung]]、1889年 - 1933年)を設立した。
 
[[1916年]] 大学を退職、1919年6月21日 [[ヘッセン州]]南部[[ゼーハイム=ユーゲンハイム|ゼーハイム]]にて死亡した。
 
リストが目的刑論を提唱して以来、[[カール・ビンディング|ビンディング]]や{{仮リンク|カール・フォン・ビルクマイヤー|label=ビルクマイヤー|de|Karl von Birkmeyer}}ら古典学派との間で激しい理論的闘争が展開されることになる。これがいわゆる「[[刑法学#古典学派(旧派)と近代学派(新派)|学派の争い]]」である<ref>大塚(2005)27頁</ref>。
 
== 著述 ==
* {{cite book | title = [https://books.google.co.jp/books?id=GZcBogEACAAJ Lehrbuch des deutschen Strafrechts] | last = Liszt-Schmidt| first = | author-link = | publisher = Gruyter| location = | year =1932 | oclc = | isbn= | page= | ref = harv }}
 
== 脚注 ==
 
== 参考文献 ==
* {{Cite book|和書|author=[[小野清一郎]]| translator=| title=[{{NDLDC|1279247/138}} 刑法講義 : 総論]| page=| publisher=[[有斐閣]]| location =| year=1932| isbn=| ref=harv}}
*井田良(2018)『講義刑法学・総論〔第2版〕』(有斐閣)
*大塚仁(2005)『刑法概説(総論)〔第三版補訂版〕』(有斐閣)