「草薙神社」の版間の差分

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=== 大鳥居撤去問題 ===
[[File:Kusanagi-jinja (Kusanagi, Shimizu-ku, Shizuoka) ichinotorii.JPG|thumb|200px|right|一の鳥居]]
草薙駅そばの市道をまたいで建つコンクリート製「一の鳥居」が、1950年代から存在していたが、2020年に撤去された。
2019年に草薙駅そばの市道をまたいで建つコンクリート製「一の鳥居」の一部表面に破損が発生。2018年頃より地域住民や氏子より草薙神社に管理の問い合わせがあったものの、この大鳥居は草薙神社の所有財産ではなかった。この道には以前より鳥居があり、[[1975年]]に静岡県が事業主体となる区画整理の一環で市道の拡幅工事を行った際に、原状回復補償として県が同じ場所に新たな道幅に合わせて再建したものの、その時点で所有者不明だったことが市の調査で判明。それ以降、修繕等の管理が一切ないまま地元のシンボルとして存在していた<ref>[https://www.at-s.com/news/article/topics/shizuoka/723682.html 鳥居老朽化、持ち主は? 静岡・草薙神社参道入り口](2020年1月8日、アットエス静岡新聞SBS)</ref>。
==== 撤去 ====
2019年に草薙駅そばの市道をまたいで建つコンクリート製「一の鳥居」の一部表面に破損が発生していることが確認された。2018年頃より地域住民や氏子より草薙神社に管理の問い合わせがあったものの、ため神社側で改めて確認したとの大鳥居は草薙ろ、神社の所有財産ではなかったの道には以前より鳥居わかり、[[市や県の過去の記録が確認される事態となった。その結果、1975年]]に静岡県が事業主体となる区画整理の一環で市道の拡幅工事を行った際に、原状回復補償として県が同じ場所に新たな道幅に合わせて再建したものの、その時点で所有者不明だったことが市の調査で改めて判明したそれ以降つまり、1970年代よりずっと、修繕等の管理が一切ないまま地元のシンボルとして存在していたことになる<ref>[https://www.at-s.com/news/article/topics/shizuoka/723682.html 鳥居老朽化、持ち主は? 静岡・草薙神社参道入り口](2020年1月8日、アットエス静岡新聞SBS)</ref>。
 
老朽化による倒壊の危険性があるため周囲住民より撤去の要望が出され、静岡市は2020年3月24日より同年6月15日にかけて、所有者に対して除却を命ずる公告を行ったが<ref>[https://www.city.shizuoka.lg.jp/000848750.pdf 南幹線の大鳥居及び石碑2基の所有者に対して除却を命ずる公告をします!(PDFファイル)](静岡市報道資料、2020年3月24日)</ref>、所有者が名乗り出ることはなかったため、市が鳥居脇の石碑2つの撤去と周辺の電話や電気等のケーブル移設費用を含め1100万円の費用を出して強制的な略式代執行を行う方針を発表し<ref>[https://www.city.shizuoka.lg.jp/000864003.pdf 南幹線の鳥居等を代執行により除却します(PDFファイル)](静岡市報道資料、2020年8月17日)</ref>、同年内に撤去された
 
毎日新聞記者による調査・取材によると(同紙東京版2020年10月31日夕刊社会面(9頁))、地元の有志多数による出資で、直接には神社が関与せず、建てられたことを傍証する地方紙([[静岡新聞]])の記事などは見つかっており、そういった経緯から所有権や所有者について不明となったのだろうという。似たような例で著名なものとして、芝[[増上寺#旧総門「大門」|増上寺の大門]]が何らかの理由で都の財産目録から抜け落ち、所有者を確認することができなくなっていた例など、宗教関係の建物では「みんなのもの」という意識が元で、所有者・管理者がはっきりしなくなっている場合が多く、この場合では1975年の再建時に不明のままとしたことが撤去につながった、というコメントがある。
 
== 摂末社 ==