「終末論」の版間の差分

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'''新約聖書にある終末信仰の確立'''
 
* 50年ころパウロはテサロニケ人への第一の手紙を記し、自らの[[終末観]]を表明した<ref>執筆の主な目的は、再臨の時まで生き残るパウロたちに比較して、再臨前に死亡した信徒たちは何らかの不利益を蒙るのではないかというテサロニケの信徒たちからの問いに答えるためであった。[[#岩波委員会訳|新約聖書翻訳委員会]] 2004, p. 920.(テサロニケ第一の手紙の解説、青野)</ref>。この終末観は初期キリスト教の預言者の言葉である可能性大であるとされている<ref>[[#岩波委員会訳|新約聖書翻訳委員会]] 2004, p. 495494.(テサロニケ第一の手紙4:15における注12 保坂)</ref>。テサロニケの信者は下記の予測についての[[終末]]信仰を始めた。
* パウロが生きているうちに主の[[来臨]]がおきる。
* パウロが生きているうちに合図の声とともに主が天から下ってくる。
* パウロが生きているうちにキリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえる。
* パウロが生きているうちによみがえった死人や眠っていた人たちが天に上げられる。
* パウロは生きたままで空中で主に会うことになり、そののちはいつも主と共にいることになる<ref>テサロニケ人への第一の手紙 4:15</ref>。
* 54年ころパウロはコリント人への第一の手紙を記し、自らの終末観を表明した<ref>[[#岩波委員会訳|新約聖書翻訳委員会]] 2004, p. 921.(コリント第一の手紙の解説、青野)</ref>。コリントの信者は再臨の時までパウロが生き残ることと、[[不死]]なる体に変化する世の終わりが近づいてきているという終末信仰を始めた<ref>この手紙においてもテサロニケの手紙と同様に、再臨の時まで生き残るというパウロの確信が依然として表明されている。[[#岩波委員会訳|新約聖書翻訳委員会]] 2004, p546コリント人への第一の手紙第15章15:51における注6</ref>。
* 95年から96年ごろ著者は不明であるが、ヨハネの黙示録が著され、天にてキリストの支配がはじまったという終末観が表明される<ref>[[#岩波委員会訳|新約聖書翻訳委員会]] 2004, p. 939.</ref>。パウロの死んだ年は65年ころとされるので、それから30年くらい経過した時点での新たな予測の表明が為された。小アジアの信者は天にてキリストの支配がはじまったという終末信仰を始めた<ref>ヨハネ黙示録 12:10</ref>。キリスト教的な終末信仰が確立した。