「空想的社会主義」の版間の差分

オープンソースの項は2006年1月8日に英語版の翻訳として追加されていますが、この項は英語版2006年1月10日の版で既に削除されています。内容としても根拠が見当たらないものであるため、削除します。
(オープンソースの項は2006年1月8日に英語版の翻訳として追加されていますが、この項は英語版2006年1月10日の版で既に削除されています。内容としても根拠が見当たらないものであるため、削除します。)
 
「空想的社会主義」という言葉が特定の政治運動というよりむしろ幅広いカテゴリを意味する言葉であるため、精確に言葉を定義するのは難しい。ある定義によれば、[[フランス革命]]から[[1830年代]]中頃までに著作を出版した著者の思想を指すとしているが、別の定義では[[イエス・キリスト]]を空想的社会主義者に加えるといった具合である。いっぽう、時期的には後の[[19世紀]]後半の[[フェビアン協会]]を含む考え方もある。
 
語義上は歴史上のどの時点の人物であっても空想的社会主義者であってもいいわけだが、この語は19世紀の最初の四半期に生きていた空想的社会主義者にもっとも頻繁に適用される。19世紀中頃から、他の系統の社会主義が空想的社会主義を知的発達と支持者の数において圧倒しはじめる。空想的社会主義者は現代の共同体や社会運動、例えば[[オープンソース]]運動や[[:en:Techno communism|Techno communism]]の形成にとって重要だった。
 
その「空想的」なる名称から否定的な印象があるが、「科学的」を自称する[[マルクス主義]]を標榜する[[社会主義国|社会主義国家]]が次々と崩壊・挫折していく一方で、シャルル・フーリエのように[[20世紀]]以降において再評価される思想家もいる。また、[[協同組合]]運動については、その源流を[[ロバート・オウエン]]としており、オウエンの思想は順当に発展していったとも解釈できる。これらの思想を「空想的社会主義」とし、「科学的社会主義」よりも前段階の古い未熟な思想とするのは、「科学的社会主義」の立場からの主張にすぎない。そもそも当のエンゲルスも、その著書において「空想的社会主義」の思想や実践の意義に一定の評価を与えている。
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