「トゥパック・ワルパ」の版間の差分

(内容追加)
 
== 子女・子孫 ==
トゥパック・ワルパは5人の子の父親となった。子女の中で特に有名なのが、娘[[チンプ・オクリョ]](1523年 - 1571年)である。彼女はスペイン人の征服者[[カピタン・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガ]](1507年 - 1559年)と結婚し、『インカ皇統記』の著者・インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガ(幼名はゴメス・スワレス・デ・フィゲローア。1539年4月12日 - 1616年4月23日)を儲けた。トゥパック・ワルパの孫である。インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガの息子にディエゴ・デ・バルガス(1590年 - ?)がおり、トゥパック・ワルパの曾孫にあたる。
 
インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガには少なくとも2人の息子がいた。2人はそれぞれ異なる召使いとの関係から生まれている。1人の息子が1570年に生まれたと記録され、幼い頃に死んだかもしれない。次男にディエゴ・デ・バルガス(1590年生まれ)がおり、父を手伝い、少なくとも1651年まで生き延びた記録がある為、それ以降に没したと推測される。
 
インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガの長男は1595年のソロモン諸島への遠征でアルバロ・デ・メンダーニャの艦隊で船を指揮した「提督」ロペ・デ・ベーガだった可能性がある。ロペ・デ・ベガは船が霧の中でメンダーニャの艦隊から別れたとき、海難事故に遭遇して死亡したと思われる。
 
インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガの子供達はワイナ・カパックの玄孫、トゥパック・ワルパの曾孫、チンプ・オクリョの孫、ワスパル・アタワルパ兄弟の曾姪孫(兄弟の曾孫)となる。
 
トゥパック・ワルパの他の4人の子もそれぞれ子孫を残している。
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