「国鉄C53形蒸気機関車」の版間の差分

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それでも戦前の時点では、鉄道省は本機を主として名古屋<ref group="注">沼津電化後の名古屋機関区は浜松機関区が受け持っていた上り「富士」と下り「櫻」を除く全特急列車で沼津 - 名古屋間を担当し、「櫻」は名古屋 - 京都間の上下列車も牽引していた。</ref> ・明石<ref group="注">明石機関区の場合は、配属両数が10両前後と比較的少なく、後述のように状態のよい優秀機も多かったことから、他の機関区に比べると目が行き届きやすいといった面はある。しかし、担当仕業のほとんどが優等列車牽引であり、中には名古屋 - 神戸間のロングラン運用が存在したにもかかわらず、1941年以降のC59形への置き換えまで大過なく本形式を運用していたことは注目に値する。</ref>・下関の3機関区を中心とする各機関区整備陣の自己犠牲を多分に含んだ<ref group="注">機関区にはグレズリー式弁装置調整のため専門の技工長を置き、検査後の本線試運転でも技工を同乗させていた。</ref> 努力、[[東海旅客鉄道浜松工場|浜松工場]]で行われた「10000粁限定」<ref group="注">名古屋機関区からの要望により工場出場後は走行距離1万kmまでは分解整備せず運用可能なよう検査や確認を緻密に行い、炭水車には「10000粁限定」標記を大書した。</ref> や「標修車」<ref group="注">1937年以降「10000粁限定」に代わって行われることとなった大規模整備で、浜松工場で研究された整備技術やC53形以降に登場した新形機関車の経験を利用する形で行われ、名古屋機関区から初の「標修車」修繕の対象となったC53 57と続くC53 71には工場出場時にランボード上の手摺り、デフレクタには銘板といった装飾が施された。</ref> などの大規模な整備、修繕<ref>プレス・アイゼンバーン『レイル』No.28 1992年3月 pp.81 - 87 西村勇夫 『昭和初期の名古屋を中心とした機関車運用 続』(エリエイ出版部)</ref><ref>交友社『鉄道ファン』 2009年5月号 pp.126 - 131 西村勇夫 『交友社発行の雑誌から、その表紙写真に寄せて C53形機関車を動かした人たち ―その2』」</ref> のほか、大阪鉄道局では主として優等列車仕業を担当する明石機関区に、管内配属の本形式のうち最も状態のよいグループを集中配備する<ref group="注">1930年の明石機関庫創設時に、梅小路機関庫から最も状態のよい12両を転属させ、その後の転配属においても優秀機を配属させるようにした。その中でも最も状態のよいC53 23やC53 30は、「明石の一等罐(機)」と呼ばれていたことが、『C52・C53 The echo of three cylinders』の中で紹介されている。</ref> ことなどによって辛うじて使いこなしていたが、以後、鉄道省、国鉄を通じ、3シリンダー機関車の製造はおろか設計すらなくなり、日本の蒸気機関車は単純堅実だが性能向上の余地がほとんどない2シリンダー機関車のみ<ref group="注">外国ではドイツ・アメリカなども2シリンダー機が多いが、ドイツは1935年の流線形タンク機61形(1号機)で試験中に時速160㎞を越えたあたりで振動が激しくなり、比較用の3シリンダー機ではこれが起きなかったことから、1939年から急行旅客機は2気筒から3気筒に変えている(01形や03形→01<sup>10</sup>形や03<sup>10</sup>形)。アメリカは関節機を除き末期まで2シリンダーが主流(アルコ社の3シリンダー機はどちらかというと傍流)だが、バランスウェイトを前後動を抑える(蛇行を防ぐ)方に割り振って激しくなったハンマーブローは堅固な軌条で耐え、シリンダーを縮小して軽量化しその分カットオフを大きくとる(蒸気の消費量は上がる)などの対策をしていたので、日本向きの手法ではなかった。</ref>に限定されることになった<ref group="注">日本製という意味では3シリンダー機は[[南満州鉄道|満鉄]]向けミカニがあり、これはアルコ社の仕様をそのまま使っていたこともありそこまで不具合はなく1932年まで増備されていたが、それでもクランク軸の折損事故発生で41両(正確には初期5台はアルコ社製なので日本側で製造36両目)で製造を打ち切って1934年から代替のミカシ形(トルク変動を平均化し粘着力を確保する制限締め切り方式を採用の2シリンダー機)に切り替えられている。<br>(既存車はその後も使用され[[戦後]]新生[[中華人民共和国|共産中国]]となってもしばらく使われた。)</ref>。
 
{{要出典範囲|date=2020年12月|もっとも、適切に調整・保守された本形式は、等間隔のタイミングで各シリンダが動作する3シリンダーゆえに振動が少なく、広くて快適な運転台、蒸気上がりの良いボイラ、牽引力の強さから、[[乗務員]]の評価と人気は高かったという。後続の[[国鉄C59形蒸気機関車|C59形]]や[[国鉄C62形蒸気機関車|C62形]]より乗り心地が良かったと伝えられている}}<ref group="注">3気筒で給排気タイミングが等間隔になるように作られた機関では[[エンジンの振動|一次振動]]がゼロになるため。</ref>。
 
== 改造 ==