「大審院」の版間の差分

== 構成 ==
大審院には若干の民事部・刑事部が置かれ、各部は5人(当初は7人)の判事の合議体によって構成され、裁判が行われた<ref name="jiten">『事典 昭和戦前期の日本』 54頁。</ref>。大審院が従前の大審院の法令解釈(判例)を変更しようとする場合は、事件の性質に従い、民事の総部もしくは刑事の総部を連合し、または民事および刑事の総部を連合して合議体を作り、裁判を行った(裁判所構成法49条。この合議体のことを聯合部(連合部、れんごうぶ)といい、各々その連合した部の名称を取り、民事連合部・刑事連合部・民刑連合部といった。
 
1920年(大正9年)に[[s:裁判所職員定員令|裁判所職員定員令]]が施行された当時には、大審院判事は26名、大審院検察局は[[検事総長]]が1名、[[検事]]が7名の定員であった。
 
== 最高裁判所との比較 ==