「バロック音楽」の版間の差分

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また、これらの諸国以外にも、[[チェコ]]の[[ボフスラフ・チェルノホルスキー]]([[1684年]] - [[1742年]])や[[オランダ]]の[[ウィレム・デ・フェッシュ]]([[1687年]] - [[1761年]])、[[スウェーデン]]の[[ユーハン・ヘルミク・ルーマン]]([[1694年]] - [[1758年]])のように、ヨーロッパ周辺の諸国にも個性的な活動を繰り広げた後期バロックの音楽家たちがいる。
 
[[ヨハン・ゼバスティアン・バッハ]]([[1685年]] - [[1750年]])は、西洋[[音楽史]]上、最も重要なバロック音楽の作曲家考えら定義されてきた。多数の教会カンタータ鍵盤音楽、室内楽を残した。協奏曲や室内楽などではテレマンと同様当時のヨーロッパで流行していた様式に則った音楽をはほぼ無名の曲家だった一方で、バッハの[[フーガ]]に見られる[[対位法]]への傾倒は同時代人からはが<ref>{{Cite book|title=時代的なものとして評価音楽史 れたようである。またバッハはオペラを全く作曲しなかった。数多いらば、ベートーヴェン p61-p62|url=https://www.worldcat.org/oclc/743326319|publisher=新潮社|date=2010|location=|isbn=978-4-10-133291-8|oclc=|others=石井, 宏, 1930-|year=}}</ref>、バロック時代の音楽家の中で、ともすると彼一人過大に評価されがちである事には留意が必要であるが、これまでに述べてきた初期バロックから彼の同時代へと至るバロック音楽の各時代の様式をバッハは熟知しており、それらを高度に駆使して自らの作品に反映させたという点では、バロック音楽を集大成した作曲家とみなすことができる。
 
== 忘却と再生 ==
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